第三十七楽曲 第七節
週が明けて月曜日。昼休みのこの時、2年1組の教室ではいつもの4人が机を向け合って弁当を突いていた。古都、唯、睦月、朱里だ。
「モデル探しはどう?」
表情を変えずに、そして食事の手を止めずに古都と唯に問い掛けるのは睦月だ。縁なし眼鏡の奥の瞳は綺麗で、肌は透き通るように白い。化粧っ気がなく地味なのは周囲に無頓着な睦月らしいが、着飾れば間違いなく美人である。
「うーん、まだ2人……かな」
「そう」
睦月は古都の回答に素っ気なく言葉を返す。
家庭科部が発表したい衣装は全20着。そのため衣装替えをして1人2着担当させても、モデルは最低10人必要だと3年生部員の百花から言われている。しかしスカウト活動は不調だ。
ダイヤモンドハーレムは昨日の日曜日はライブがあったため登校していないが、2日前の土曜日は運動部をメインにスカウトに動いた。午前中は全滅で、午後から練習に出てきたバレーボール部もダメだった。その午後からの中でテニス部が活動をしていて声をかけたところ、やっと2人から内諾をもらえたのだ。
因みに家庭科部の服飾は現在在学中の生徒のみならず、顧問の教師もまだ若く、誰もステージ発表の経験がない。昨年までは家庭科室で完成品の展示をしていただけに留まる。
「企画書はもう上げたの?」
唯が睦月に問う。睦月は顔を上げることなく答えた。
「今日、
「そっか……」
唯が力なく言うので、古都が気丈に言った。
「むっちゃんたちがブレザーの制作を頑張ってくれてるから、私たちも頑張らなきゃだね」
「うん。そうだね」
それに唯は表情を明るくさせた。するとこのグループの脇を、食事を終えたクラスメイトの正樹が通過しようとした。それに気づいて古都が声をかける。
「あ、高坂君。今から江里菜っちとトークタイム?」
「あぁ」
「モデル引き受けてくれてありがとうって言っといて」
「ん? モデル?」
「あれ? 聞いてない? 家庭科部の服飾が学園祭でファッションショーをやるから、そのモデルを引き受けてくれたんだよ」
「は? そんな話になってんの?」
どうやらカレシの正樹は初耳のようだ。実はモデルを引き受けたテニス部員の1人とは江里菜のことである。彼女については昨年の唯のクラスメイトであり、今年の美和と希のクラスメイトであることが功を奏し、話がしやすかった。親しい友達からのお願いということで、他の部員を1人付けてまで快く引き受けたのだ。
「普段は見られないカノジョの姿に惚れ直すよ」
「バ、バカ!」
古都が揶揄うように目を細めて言うものだから、正樹は照れて真っ赤になり、足早に教室を出た。この時古都に倣って食事の場に目を戻した唯だが、実はずっと気になっていることがある。
「あ、朱里ちゃん?」
「なに?」
「なんか怒ってる?」
「別に」
間違いなく機嫌が悪い。ムスッとした様子で黙々と食事を進めていた朱里。食事が始まってから初めて言葉を発したくらいだ。幼顔の彼女が膨れた表情をすると、拗ねた子どものように見える。
古都も気になっていたようで怪訝な表情を見せるが、次に声をかけたのは睦月だった。
「朱里、どうしたの?」
「古都と唯が私を仲間外れにしてむっちゃんをカフェに連れてった」
「ん?」
睦月が首を傾げるが、これは古都と唯も同様だ。今一朱里の言っている意味が解せない。カフェとはゴッドロックカフェのことだと思うのだが……。
「あー! 金曜日?」
ここで古都が思い出して声を出すと、朱里はそれに対して「うん」と首を縦に振った。これで唯もわかったようで彼女は言う。
「仲間外れにしたわけじゃないよ。むっちゃんは家庭科部の部員として企画の打合せに来てくれたんだよ」
「そうだよ、朱里。それに朱里は学校で部活してたじゃん」
これに古都も続いた。しかし朱里の表情は晴れない。
「そうだけど……。でも一言言ってくれても良かったじゃん。打合せの後も残ったんでしょ? 知ってたら私も部活が終わってから行ったのに。むっちゃんと一緒にカウンターで飲みたかった」
完全に拗ねた子供である。それに「飲みたかった」と言うが、酒は飲んでいない。尤も一緒にその場の空気を楽しみたかったという意味なのだろうが。更に言うと、朱里の念は古都と唯に向いていて、睦月を求めるセリフばかりである。そして古都と唯にとって、もっと意外なのがこの後の睦月の対応だ。
「そんなこと言わないの。今週の土曜日、古都と唯のライブを一緒に観に行くでしょ?」
「そうだけど……」
社交性がなく不愛想な印象の睦月が朱里の頭を優しく撫でて慰めている。古都と唯はその様子をポカンと見ていた。まるで歳の離れた妹をあやす姉のようだ。
「その後うちに泊まりにいらっしゃい」
「え? いいの?」
「うん。もちろんよ」
「えへへ。行く」
この2人も古都と唯同様、初対面は1年生の時のバレンタインデー前の調理実習だ。そしてこの年はクラスメイトになった。それがどんどん親密になっているように見え、古都と唯はその様子を目の当たりにする度に驚くばかりだ。
すると古都がその調理実習の時の会話を思い出して聞いた。
「そう言えば朱里ってさ、チョコを渡した他校の同中の先輩とはどうなったの?」
「ん? ナンダロウ、ソレ。そんな人いたっけ?」
首を傾げて睦月の腕の中で素の表情をする朱里は明らかに惚けている。そして言うのだ。
「私は男なんてもういらない。むっちゃんさえいてくれればいい」
唖然とする古都と唯。しかしその唖然に追い打ちをかけるように睦月が追随するのだ。
「私も別にそれで構わない」
「えっと……、2人は愛し合ってるの?」
古都は半ば冗談で聞いているが、その質問を耳にし、少し距離を取って顔を見合わせる睦月と朱里。程なくしてその視線を古都と唯に向けた。そして朱里が言う。
「よくわからないけど、むっちゃんのことは大好きだよ」
「そうね。私も相手が朱里ならそう思われて構わない」
「本当? 私もそれでいい」
古都と唯の思考は今一ついてこないが、そんな2人をよそに、ここにカップル? が誕生した。
しかし価値観は人それぞれで、睦月と朱里からしても古都と唯を含めダイヤモンドハーレムのメンバーが同じ男に惚れていることは知っている。それなのに嫉妬どころか共有意識を持って仲良く活動をしていることが不思議だと思っている。ただ価値観が違うとは言っても、この場の4人も仲のいいクラスメイトだから何も問題はなく丸く収まる。
そんなカルチャーショックを受けた昼休みであったが、この日アルバイトがない古都は放課後、1人校門で出待ちをした。目的は帰宅部のモデルスカウトだ。
「あ、こんにちは」
最初に古都が声をかけたのは自転車で校門を抜けようとした2人の女子生徒である。学年もわからない。校舎内なら上履きの色でわかるが、生憎ここは屋外だ。しかしこの女は物怖じすることなどない。
「帰宅部の子?」
「そうだけど……」
1人の女子生徒が答えた。美少女として有名な古都に声をかけられて戸惑っている。そんな怪訝な表情を見せる2人に古都は目的を話した。
「……と言うことなんだけど、モデルやってくれないかな?」
「ごめん。バイトがあるから私は無理だ。試着や段取りの説明の他にも、ランウェイを歩く練習だってあるでしょ?」
「あ、そうか……」
古都は言われて気づく。確かにそうだ。そして自ずとそれは放課後の活動になるわけで、放課後の時間の貴重性は身に染みてわかっている。事実、他のダイヤモンドハーレムのメンバーはこの日アルバイトの予定だし。
すると連れの女子生徒も言う。
「ごめん、私も無理だ。予備校に通ってるから」
「そんな……」
がっくりと肩を落とす古都。しかし彼女はめげない。この調子で校門を通過する女子生徒に次々と声をかけた。
これは翌日以降もアルバイトが休みのメンバーが交代で担当し、そんな9月を過ごしてやがて暦は10月に変わった。
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