第三十五楽曲 第五節

 セーラー服姿で各々のポジションに就いているダイヤモンドハーレム。場慣れして自信に満ちた表情は、この場の誰もがその成長を感じた。まだ曲を聴いていないにも関わらずそう察している。

 冒頭の挨拶を口にした古都が続けて言葉を発する。


『このステージに立てたこと、今まで皆さんの応援があってのことです。本当にありがとうございます。それでまずは、紹介したい人がいます』


 ざわつき出す客席。まだサプライズを用意していて、ステージ袖から誰か出て来るのだろうかと疑う。しかし古都の言う紹介したい相手は客席にいて、ましてや本人たちも自分たちのことを言われているとは思ってもいない。


『私たちが今着てるこの衣装ですが、これは私と唯のクラスメイトの村越朱里ちゃんがデザインしてくれて、同じくクラスメイトの森下睦月ちゃんが作ってくれました』

「それ、手作りなの!?」


 山田が最前列で声を張るので、古都は満面の笑みを浮かべて首を縦に振った。すると希がバスドラとクラッシュを鳴らして盛り上げる。一方、オーディエンスに紛れている睦月と朱里は、自分たちの名前を出されたことに狼狽えていた。


「クオリティー高くねぇ!?」


 田中が続くので古都はマイクを通したまま『でしょ?』と得意げに答える。この時、睦月と朱里は備糸高校の生徒から視線を浴びており、それを周囲の常連客が察して2人は注目され始めていた。注目されることに慣れていない睦月は目を泳がせていて、朱里は睦月の腕をしっかり抱えて照れたように微笑んでいる。


『ツアー中もこの衣装は評判が良くて、手掛けてくれた2人にはすっごく感謝しています。よければ皆さん、拍手を送ってあげてください』


 パチ、パチ、パチ!


 途端に上がる拍手。四方八方からの拍手に睦月と朱里は緊張して肩に力が入りつつも、どこか嬉しさを隠せない様子だ。


『ありがとうございます。それから今まで応援してくれた皆さんに、今日は私達の感謝を込めて、最高のステージをお見せします。では聞いてください!』


 シャン、シャン、シャン、シャン


 希がハイハットを4回打って始まった演奏。ディストーションの効いた軽快な美和のギターリフに、重厚で楽曲に溶け込む唯のベース。それを支えるのは力強さを日に日に増す希のドラムビートで、もう初心者とは言わせないほどの古都のサイドギターが伴奏を示す。イントロの部分だけで軽音楽に耳の肥えた常連客は、彼女たちの成長を感じた。


 後方ながら正面のPAブースで演奏を見守る大和は、音量調整と照明演出をしながら込み上げてくるものがある。ここにいる常連客たちは当初、我が子を見るように目を細めていた。それが古都の歌声に魅了され、日々演奏力を上げる彼女たちに期待した。

 そんな彼女たちはSNSを駆使し、ライブ活動を通して地元で少しずつファンを獲得した。やがて母校の生徒を取り込み、その生徒たちもこの日のステージを一緒に作り上げている。更にダイヤモンドハーレムはこの夏、全国も回った。


 大和の中で1つの達成感と、そして更に滾るものがある。彼女たちが目標にしているメジャーデビューはまだまだ先だが、それでもメジャーレーベルの泉は目を付けてくれた。その彼女も更なる成長を期待している。

 自分にできること。それはまだある。全5曲。このツアーで常に組んできたセットリストだ。大和はその5曲を聴きながら、今まで模索してきた自分にできることを自分のやるべきことと立ち位置を変更し、頭の中で鮮明にイメージした。


『ありがとうございました!』


 演奏が終わってステージ上の4人が腰を折って頭を下げるが、ホールの歓声は鳴り止まない。これほどまでにファンから愛されたダイヤモンドハーレムを見て、大和は彼女たちの将来のビジョンを思い描いた。


 やがてステージ上の照明を落とすと、ホールを明るくしてバータイムだ。とは言え、この日は臨時営業。いつもなら開店時間である19時に店を閉め、客は捌けた。泰雅は自分の店があるので同じく捌け、響輝も帰宅した。ダイヤモンドハーレムのメンバーも勝の車で帰宅した。店に残ったのは片づけをしている大和と杏里だけだ。


「大和、報告がある」


 肩を並べてグラスを洗っていると杏里がそんなことを言うものだから、大和の耳がピクッと反応した。大和は手を止めるが、杏里はシンクに視線を落としたまま手を止めない。大和が問い掛けた。


「杏里はまだ大学生だろ?」

「ん?」

「ちょっと早くないか?」

「は!?」

「叔父さんにはもう言ったのか?」

「ちょ、何言ってんの!?」

「ん? この流れって「結婚します」とか「妊娠した」とかじゃないの?」


 バシャッ!


「うわっ! 冷てっ!」


 流れる水道水を杏里からぶっかけられ、顔を背けて目を開けられない大和。杏里はムスッとした様子だが、目を閉じている大和にそれは読み取れない。


「どういう思考をしてんのよ!」


 どうやら違ったようだ。そしてここで杏里を怒らせてしまったようだと大和は漸く悟った。


「ごめん、ごめん。早とちり。で? 報告って?」

「もう言わない」

「は?」

「せっかく大和にはいい話なのに」

「なんだよ? ごめんって。何の話?」

「ったく」


 洗い物を粗方片付けた杏里はタオルで手を拭くとそのタオルを大和に渡した。大和も仕事を終え、手を拭いているのを確認しながら杏里は言った。


「全国ツアーの間にね、レーベルや芸能事務所から店にたくさん電話が来たよ?」

「ん? ……は!?」


 一瞬何を言われているのか理解が遅れた大和だが、1つの可能性を予感して声を張った。


「話は最後まで聞いてよ。たぶん今また早とちりしてるから。ダイヤモンドハーレムのスカウトだと思ったでしょ?」


 杏里がそう言うので、大和は抱いたばかりの期待を封じ込めた。思わず肩を落とす。しかし続く杏里の話で大和の気持ちは上がった。


「菱神大和さんの個人事務所はここでいいですか? って問い合わせ」

「え? 僕?」

「うん」


 少しばかり上目遣いで肯定する杏里。大和は自分に何の用事だろうと解せない。ただ自身の名刺に載せてある電話番号は店の電話番号であるくらいだ。大和の仕事場として事務所と言うのはあながち間違っていないと思う。


 ――ん? 僕への用事が仕事場?


 線が繋がりつつある。徐々に口角を上げながら大和は杏里の話に耳を傾けた。


「曲を作ってくれませんか? って問い合わせばかり」

「うそ!? 本当!?」


 どっちだ? まぁ、所謂感動詞だ。大和は目をギラギラに輝かせた。


「もし受けてもらえるなら契約とかの詳細を打ち合わせたいから一度連絡をくださいって言われてる。連絡があったレーベルや事務所の担当者の連絡先はリストにしといたよ。どこも楽曲の買い取り契約が希望みたい」

「やったー!」


 拳を突き上げた大和の手はまだ拭き切れておらず、水飛沫が杏里の顔に飛んだ。反射的に顔を背けた杏里だが、大和があまりにも嬉しそうにするので、顔を拭いながら呆れたように笑った。


「それでね、これからはどんどん曲を出すことになるかもしれないんだから、書き溜めた方がいいんじゃない? 買い取り契約なら尚更、商品としてできるだけたくさん在庫を持っておいた方がいいし」

「あ、そっか……」

「ただ、大和には店もダイヤモンドハーレムもあるから、できるだけ私も店を手伝いに来るよ」

「ありがとう。助かるよ」


 杏里には随分と助けられていて感謝ばかりの大和である。ダイヤモンドハーレムのこの夏の全国ツアーも杏里がマネージングをしたとは言え、彼女がいたからこそ引率として自分がついて行くことができた。ダイヤモンドハーレムに関してはボランティアにも関わらず、協力的なことが嬉しい。


「そう言えば……」

「ん?」


 思い出したように声を発した大和に、首を傾げる杏里。


「唯と希のことなんだけど……」


 そう切り出して大和は、今口にした2人の家族への懸念を杏里に相談した。それを聞いて杏里は言う。


「そっか、そんなことがあったんだ。まぁ、話を聞く限りのんは本人に任せて良さそうね。問題は唯か……」

「そうなんだよ……」

「て言うか、父親公認になってるとは……」

「……」


 それについては何と答えたらいいものか言葉に詰まる大和である。


「うーん、うちの両親に相談してみる?」

「叔父さんと叔母さんに?」

「うん。娘を持つ親だから」

「なるほど……。うん! そうする!」


 大和の表情が晴れた。まだ道筋は見えないが、それでも当てができたことに救われた。

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