第三十四楽曲 第三節

 随分と打ち解けて心を許したからだろう。希は胸の内をキョウカに打ち明けた。


「そっか、クラソニってそういう経緯で解散したんだ」

「アツシさんからは聞いてなかったんですか?」

「うん」

「もしかしてアツシさんは知らないとか?」

「どうだろ? たぶん知ってるとは思うんだけど、人のことをペラペラしゃべるような人じゃないから。それこそこういう話だと特に」


 大和はクラウディソニックの過去を知ったうえで、希の家族から希が泰雅との交流があることに理解をもらいたいと思っている。それを家族に打ち明けることに希は尻込みしていて、その悩みをキョウカに晒した。


「大和君って律儀なんだね」

「はい。正直、黙ってれば何の問題もないのに」

「あはは。本当だよね。けど、その不満を大和君に言わずに素直に大和君の気持ちを尊重してるってことは、大和君があなたたちをどれだけ大事にしてるかわかってるんでしょ?」

「キョウカさんはサトリですか?」

「あはは。違うよ。大和君が大事にしなきゃ、あなたたちは惚れないでしょ? それに一度ひとたび惚れたとしても大事にされなきゃ、すぐに冷めちゃうでしょ?」


 核心を突かれた。希はキョウカから視線を外すと正面に顔を向け、湯の中に少しだけ顔を沈めた。


 一度は自分たちの指導から手を引いた大和だが、それ以降の大和は見違えるほど真剣だ。指導から手を引く前も楽しそうにしているとは感じていたが、戻ってからはより顕著である。特にこのツアー中は常にメンバーのことを気にかけている。

 唯が怪我をした時や彼女の親が出てきた時は必死だったし、美和の誕生日デートでは美和からしっかりエスコートしてもらったと聞いている。バンドや曲が貶されれば、リーダーであり一番の創作者である古都の話をしっかり聞いていることにも気づいている。希自身が単独行動を取った時は追いかけて来てくれた。

 希は大和が自分たちを大事にする気持ちを実感している。


「誠心誠意話して理解してもらうしかないよ」

「やっぱりそれしかないですよね」


 何のことかはわかっている。父親と勝に泰雅との交流を認めてもらうことだ。尤もまだ隠している状況なので、どちらに転ぶのか、その予測は半々だ。


「大和君が泰雅君を許したんだから、希ちゃんは希ちゃんで何があっても泰雅君を誇ることが大事だと思うな」

「そうですよね」


 キョウカに話して少し気持ちが楽になった。泰雅は過去の事件に巻き込まれたとは言え、罪には問われなかった。口ではぶつかってばかりの師匠だが、心から信頼している。

 ただやはり、自分を思う父に対して不安は拭えないのが本音だ。しかしその不安を振り払うように、大和に啖呵を切った時の言葉を希は自分に言い聞かせ、泰雅を誇りに思った。


「と言うことで、泰雅さんは私の師匠で大和さんの元メンバーだから信頼してます」

「そっか、そっか。恋愛感情ではなくてもそこにもちゃんと絆があるんだね。そういう関係に至るまでが凄く難しいことだと私は思ってるから、凄く感心した。そういうのはこれからも大事にしてね」

「はい」


 そんな話をして2人が大浴場を出ると、ロビーでは既にアツシが待っていた。そのアツシが小銭を財布から取り出して言う。


「希、何飲む?」

「いいんですか?」

「おう。風呂上がりの水分補給も大事だから」

「じゃぁ、コーヒー牛乳を」


 希のリクエストにアツシは気前よく奢った。この時大和やメンバーと離れてはいるが、希がそれほど寂しさを感じないのは、アツシとキョウカが随分可愛がってくれるからだ。希はそれを実感して感謝の念が湧く。


「さっき大和さんから連絡あって、もうすぐ着くって言ってた」

「そうですか」


 コーヒー牛乳の蓋を開けながら、自分のスマートフォンにも不在着信が残っているのかなと希は予想した。


「希ちゃん、せっかくだからラインの交換しよう?」

「あ、はい」


 キョウカからの打診に希は自分のスマートフォンを取り出す。良き相談相手になってくれそうな年上のお姉さんと言った感じだ。これからも頼りたいと思った希は連絡先の交換に前向きだった。

 キョウカとの連絡先の交換を終えると、ロビーのソファーでコーヒー牛乳を飲む希にアツシが話しかける。


「希はドラム以外に何か楽器やってるのか?」

「小学生の時に和太鼓の経験はありますけど、今やってるのはドラムだけです」

「へぇ、和太鼓の経験ね。それはアドバンテージだな」


 感心を口にするとアツシは手元の缶をその口に運んだ。希がそれを目で追うとその缶はビールであることがわかった。年上の社会人のカノジョに運転を任せておいて、学生の分際でいい身分である。とは言え、その隣でキョウカは気にした素振りもないので、これがこの2人にとっては普通なのだろう。


「他の楽器をやるつもりはないのか?」


 その問いに希はコーヒー牛乳の瓶を口から離し、アツシを向いた。


「他の楽器ですか?」

「うん。ギターとかがいいと思うけど」

「なんでまた?」

「感性を高めるためだよ。もちろん本職はドラマーだから徹底的にやれってことじゃなくて。ただ、他の楽器のことも知っておいた方がいいし、ギターは創作面で幅が広がるからお薦めだけど」

「アツシさんもギターを弾くんですか?」

「あぁ。フォークギターを持ってて、時々弾いてる」


 同じくドラマーのアツシもギターを弾くのかと、希はそれが意外にも思った。今まで他の楽器にも触れてみようとは考えたことがなかったのだ。


「持ってないか?」

「いえ。エレキギターならあります」


 自宅にあるエレキギターのことを言っているのだろうが、それは勝の物だ。


「それなら是非やれよ。せめてローコードやパワーコードを覚えるだけでも感性広がるぞ?」

「わかりました。挑戦してみます」


 とは言ったものの、やることが増えた。夏休みが終われば学業とアルバイトの生活に戻る。果たしてうまく取り組めるだろうか。

 活発な古都。要領のいい美和。頭のいい唯。彼女たちなら上手く時間をやりくりするのだろうが、希は一点集中型の割に睡眠時間を多く取るタイプだ。不安が尽きない。


「ドラマーはバンドの命だからな。ドラムの安定とドラマーの感性がバンドを支えると言っても過言じゃない」


 得意げにそんなことを言ってアツシは話を締めた。アツシが缶ビールを口に運ぶ様子を目にしながら、希は不安が残るものの前向きになった。


「おーい! のーん!」


 すると聞こえて来た綺麗に通る声。それはスーパー銭湯のロビーいっぱいに広がる。3人がその声のした方向に目を向けると、入り口で古都が麗しい笑顔を浮かべて手を振っていた。客数は少ないが、その美少女に他の客たちの視線も集まる。


「お迎え来たね」


 キョウカが立ち上がりながら言った。それに続くように希とアツシも立ち上がる。入り口まで行って靴を履くと古都と合流して建物の外に出た。


「スーパー銭湯に行ってたなんて……」

「いいでしょ」


 古都が羨む声を出すので希は自慢げだ。身はすっきりして、キョウカと話したことで心も幾分軽くなっていた。


「と言うことは、のんは宿ではお風呂入らなくていいね」

「そうね」

「じゃぁ、今日は美和と唯にペアを組んでもらって、私は大和さんと入ろうっと」

「む。それなら私も乱入する」

「おい。のんが乱入したら乱〇になるでしょ?」

「当たり前。もとよりそのつもりよ」

「まぁ、私は一緒なのがメンバーなら全然ありだけど」

「同じくよ」


 おい、女子高生がそんなことを人前で話すものではない。後ろをついて歩くアツシとキョウカの表情は引き攣っていて、そんな不純な関係なのかと疑っている。これだから後から大和が周囲に誤解されていることに気づき、慌てて弁解をするのだ。

 そんな様子で一行は駐車場の大和の車まで到着した。車の外に出ていた大和がアツシとキョウカに言う。


「アツシ、今日は希のことありがとう。キョウカさんもお世話になりました」

「いえいえ、こちらこそ楽しかったよ」


 アツシが愛想良く笑顔を返し、キョウカが朗らかに答えた。すると希が言う。


「アツシさん、ありがとう。キョウカさんもありがとう。もう少しでツアー終わるけど、その間に気持ちを整えます」

「うん。応援してる」

「明日のライブよろしくお願いします」

「楽しみにしてるね」


 希がキョウカとそう言葉を交わして、大和とダイヤモンドハーレムはこの日の宿に向かった。

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