第二十七楽曲 第三節
大和と美和と萌絵がいるファミリーレストランの6人掛けの席。特に会話が弾んでいる様子はない。ただ、ダイヤモンドハーレムの活動のことを淡々と話していた。時間潰しの話題であるが、大和は宿に置いて来たメンバーのことが気がかりなので早く帰りたい。
「おまたせー」
するとやって来たのは清楚な私服姿の泉だった。24歳ながら可愛らしくもある彼女を見て、大和に安堵とどこか少しばかりの落ち着かなさが湧いてくる。
「何度も世話になってごめん」
「気にしないで」
泉は明るい表情で大和に答えると、美和と挨拶を交わして萌絵の隣に座った。すぐにウェイトレスが注文を取りに来て、フリードリンクだけを注文する。
「河野さんがジャパニカンの顧問弁護士の先生と大学の同期だったなんて……。驚いたけど助かったよ」
「本当だよね」
家出少女を拾った大和が助けを求めた相手、河野の弁護士同士の口利きがまずあった。その後、大和はジャパニカンミュージックの社員である泉に連絡をしてここまで来てもらったのだ。
「ふーん、君が家出少女か」
「な、何よ? お姉さん」
「へぇ。大和から容姿までは聞いてなかったけど、なかなかいい素材じゃない?」
隣に座られてしかもジロジロと顔を見られるものだから身を引く萌絵。顔をペタペタ触られて鬱陶しそうだ。大和と美和は正面の席の2人の様子を見守る。泉はにっこりと笑って萌絵の質問に答えた。
「私はただの会社員で益岡泉だよ」
「だから何をしに来たの?」
「君を助けようと思って」
「助けるって……。私、さすがに女の人は経験ないよ? それに趣味でもない」
「ぷっ! あはは! 大和が言ったとおりだ。私だってそんな趣味ないよ」
声を出して笑う泉。一方、萌絵は警戒心を崩さない。先ほどまでは肝が据わっていた萌絵だが、今は様子が違うようだ。泉は笑い声を止めると話を続けた。
「とりあえず、君の保護者と連絡を取りたいんだけど?」
「なんでよ?」
「そりゃ、君の面倒を見るために保護者の同意は取らないと」
「なんでお姉さんがそこまでするの?」
「私が動かないと、君は大和に縋るつもりでしょ?」
泉は一度大和に目配せをした。大和は恐縮そうな目を泉に向ける。
「私としては大和に凄く期待していることがあるから、そんな危ない橋は渡ってほしくないの。それに今更大和は君のことを無責任に放り出すなんてできないだろうし」
図星を突かれたことでこれまた恐縮してしまって俯く大和。泉は大和の性格をよく掴んでいる。
「助けるって具体的にはどうするの?」
「保護者の同意さえ取り付けられれば、君を私の家に泊めてあげる」
「女の人が私の面倒をただで見てくれるの?」
「違うよ」
「男に売るつもり?」
「とりあえず、不純な意識を切り替えなよ?」
泉に諭されてしまって口を噤む萌絵。泉から警戒心を解かずその先を促した。
「ただじゃないって言っても私はお金も持ってないよ?」
「うん、聞いてる。私はね、音楽レーベルに勤めてるの。それで系列会社には芸能事務所もあるのよ」
「だからなに? まさかAV業界にでもコネがあるから出演しろとか?」
「もうっ! 今まで君はどんだけ不純なことをしてきたのよ。頭の中そればっかじゃん」
と言いつつも、泉は自分の言葉が耳に痛い。形は違えども、この少女がしていることと自分がやってきたことが泉の脳裏で重なる。
「この夏休みを使ってちょうど系列の芸能事務所がオーディションを兼ねたタレントの養成合宿を8月1日からやるの。君をそこに放り込む。それで体裁は保てるわ」
「そんなことできるの!?」
驚いて声を張ったのは大和だ。泉は大和に視線を移すと口パクで「せ・ん・む」と言った。
――あぁ、吉成さんの発言力を使うのか。
大和が納得した表情を見せたので泉は萌絵に向き直った。そして話を続ける。
「だから保護者の同意が必要。本来は書面でもらうものだけどそれは事後にして、取り急ぎ顧問弁護士の先生から電話で話をしてもらうわ」
「つまり私は合宿をしなきゃいけないの?」
「そうよ。とりあえずは私の家だけど、明後日からは合宿開始だから」
「私、芸能人になりたいわけじゃないよ?」
「そんなこと言ったって少なくともこの夏休みは家に帰りたくないんでしょ? 今更友達を頼ろうにもお金もなくて帰る術もない。それを合法的なやり方で協力してあげるって言ってるの」
言葉が出ない萌絵。一方、大和が河野や泉に助けを求めるまでは敵意をも抱いていた美和だが、今は興味深そうに2人のやり取りを見ている。
「別にオーディションに通るとは思ってないよ。動機が不純だからね。でも合宿は真剣にこなして。他の候補者は人生をかけてオーディションに来てるの。彼女たちをバカにすることはできない。いえ、この動機そのものが本当はバカにしてるの。だから経緯は絶対に秘密だし、合宿は真剣にこなす。これが君を助ける条件だよ」
この説明をした時の泉はいつもの茶目っ気がなく、真剣な表情であった。そんな視線を向けられて萌絵は怯みそうになるが、泉から視線を外せなかった。
「その条件を守ったら家に帰らなくても私に生活をさせてくれるの?」
「そうよ」
「……」
「……」
「男の人に抱かれることもない?」
「うん。ないよ」
問い掛けた時の萌絵の声は心なしか震えていた。やはり怖かったのだ。そして苦痛だったのだ。それがわかる泉は萌絵に安心を与える笑みを少しばかり浮かべて答えた。
すると萌絵が言った。
「わかった。お願いします」
ほんの少しだけ萌絵が泉に頭を下げた。思わず大和と美和の表情が綻ぶ。泉からも笑みが零れた。
「それじゃ、保護者の方の連絡先を教えて」
「あ、あの……」
「ん?」
言いづらそうにする萌絵を見て泉が首を傾げた。萌絵はチラチラと大和を見る。その視線で察した泉は大和に言う。
「大和。今からこれで向かいのコンビニに売ってる限定のチョコを買ってきて」
「は?」
泉から千円札を渡されて大和は声を張った。なぜこのタイミングでパシリなのだ? 大和は全く訳がわからない。
「つべこべ言ってないで早く!」
「ったく……」
有無を言わせない泉を前にして大和はおずおずと席を立った。そしてファミリーレストランを出た。6人掛けのテーブル席には美和と泉と萌絵が残った。すかさず泉が萌絵に言う。
「これでいい?」
「ありがとう」
「じゃぁ、教えてくれる?」
「えっと……、私が直接連絡しなくてもいいんだよね?」
「うん。弁護士の先生が話すからそうだけど、どうして?」
大和の同席を嫌った理由はここにあると睨んでいた泉。その核心を問い掛けた。
「私は母子家庭だったの」
その言葉に美和の心臓が揺れた。自分と同じ境遇。しかし「だった」と過去形である。泉は優しい表情を意識して先を促した。
「うん。それで?」
「私が中学に上がる頃にお母さんが再婚して、私は新しいお父さんから虐待されてる」
「そっか。大変だったね。それで家出を?」
萌絵は黙って首を縦に振った。美和の胸は一気に苦しくなる。泉も美和も男の同席を嫌ったことで悟るところがあり、加えて、それで萌絵は性に対して開き直っていて奔放なのかと納得もした。
美和も自身の母親が再婚をすることはないのだろうかとよく考える。その時に芽生える複雑な気持ちは否定できないものの、できれば幸せになってほしいとも願う。しかしそれで自分が虐待されたらと思うと居た堪れなかった。
それでも希のように新しくできた兄とうまくやっている家族もある。萌絵の場合は一例に過ぎないのだと理解はするが、やりきれない。
「私からお母さんに電話をしたらあの男が電話を代われって血相変えて出てきそうで……」
首肯の後に続いた萌絵の言葉に、美和も泉も言葉が出なかった。つまりは母親も認識していること。それなのに助けてもらえない。これは深刻である。しかし少しだけ気を取り直した萌絵は言う。
「まぁ、お母さんの放任主義は今に始まったことじゃないし、深く考えずに承諾すると思うよ。弁護士さんから言ってもらえるなら私も安心だし」
胸が痛む泉と美和に構わず、萌絵は自分のスマートフォンで母親の電話番号を表示させた。
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