第二十七楽曲 第二節
「ふぁぁぁあ! 生き返ったぁ!」
バス停近くのファミリーレストランで目の前の皿を綺麗にしたのは、大和に声をかけた少女だ。その量、なんと2人前。正面に座る大和と美和は、この華奢な体のどこにそんな容量があるのだと呆れる。
ただ、歩道に座り込んだ時に少女から、朝から何も食べずに駅5区間分は歩きっぱなしだったと聞いているので納得する気持ちもある。朝捨てられる前に朝食も与えてもらえなかったことは不憫だ。
それで少女の処遇も腰を据えてしっかり考えたく、このファミリーレストランに来たわけである。
「お兄さん、ありがとう」
顔色が良くなった少女は満面の笑みで大和に礼を言う。昨日風呂には入れてもらっているのだろう、汚れている印象はない。店内の明るさもあってか、屋外で話していた時よりも可愛らしい印象だ。化粧っ気のないその肌は白く綺麗である。
「元気になって良かったよ」
大和は愛想のいい笑顔で答えるが、結局家出少女の食の面倒を見てしまってばつが悪い。大和は気になることがあるので、隣の美和に顔を寄せて小声で問い掛けた。
「今日の部屋って鍵付きだっけ?」
「ありますけど、弱いやつです。ただ今日は、他に宿泊客はいないって聞いてます」
それなら宿に置いたままの他のメンバー3人は安心かと思う。とは言え、遅くなってはやはり防犯上の不安がある。
ピコンッ ピコンッ
「大和さん、通知オフにした方がいいですよ?」
「そ、そうだね……」
大和は美和に指摘をされてスマートフォンのラインの通知を切った。先ほどからずっと鳴っているのだが、これはダイヤモンドハーレムのグループラインだ。
『修理にかなり時間がかかりそうだから遅くなる。ご飯は3人で済ませといて。僕は美和と済ませて帰るから』
こんな半分嘘の連絡を入れた途端、ラインは鳴りっぱなしである。届く内容は、質素な食事のツアーなのに美和が大和と外食をすることへの不満だ。とは言え、大和も美和も面倒事に巻き込まれているわけで、一切の優越感がない。それにこの場はもちろん大和持ちなわけだし。
「お兄さんもバンドやってる人?」
少女が美和の横に立てかけられたギターに目配せをして大和に問い掛ける。大和と美和の目の前の皿ももう片付いていた。3人はフリードリンクだけで会話を進める。
「いや。僕はもうやってない。今はこの子らのツアー中で僕は引率」
「ふーん。じゃぁ、他にもメンバーがいるの?」
「そうだよ」
「……」
「……」
会話は長くは続かない。美和は同世代とは言え、大和と少女は8歳の年齢差がある。ダイヤモンドハーレムで女子高生にはだいぶ慣れている大和であるが、元来口数の多い方ではない。すると美和が少女に話しかけた。
「私は美和。こちらが大和さん。あなたお名前は?」
「あ、ごめんね。助けてもらったのに先に名乗るべきだったよね。私は
萌絵と名乗った少女から自己紹介が遅れたことへの謝罪が出たことで、一応の礼儀はあるのだと思う大和と美和。しかし萌絵は家出少女であり、大和に援助交際を求めたのだからやっぱり常識人ではないと考えを改める。
「お兄さ……えっと、大和さん?」
「な、なに……?」
テーブルに両肘をついて、顎を両手の甲に載せた萌絵は悪戯な笑みを浮かべている。それを目にして大和は身構える。
「ツアー中っていうことはホテル取ってるの?」
「い、いや……。民宿だけど……」
「ふーん」
ギロッと美和が鋭い視線を萌絵に向ける。高飛車にも誤解される端正な顔立ちの美和は、そんな目つきをすると表情が恐ろしくもある。しかし萌絵は意に介した様子がなく、大和を見据えたままだ。
「今晩泊めて?」
「無理」
「泊めて?」
「無理」
「お願ぁい」
「ちょっと!」
テンポのいい大和と萌絵の掛け合いに口を挟んだのは美和だ。萌絵を睨んだ美和は怒気を含む。
「大和さんを犯罪に巻き込まないでって言ってるでしょ!」
「犯罪になるかならないかは大和さん次第じゃん」
「もうっ!」
のらりくらりと躱す萌絵にいら立ちを隠せない美和。路上に座り込んだ時は思わず助けたものの、その後悔まで生まれそうだ。
「なるよ」
「え?」
「え?」
虚を突かれて美和と萌絵は声の主の大和を見る。穏やかな表情ながら大和はどこか真剣だ。
「だから、泊めただけで犯罪になるよ」
「なんでよぉ? エッチするかしないかは大和さん次第じゃん」
語尾を伸ばすように話す萌絵は不満を口にする。大和は冷静な態度を変えず答えた。
「援助交際はしなくても君は未成年だから。保護者の知らないところで匿ったら誘拐になる場合だってある。だから泊めただけでも犯罪になるよ」
「むむー」
難しそうな顔をする萌絵。しかし彼女は怯まない。
「別にいいじゃん。誰にもバレなければ」
「そんなわけにはいかないよ」
「大和さんだって高校生の美和ちゃんとツアー中でしょ?」
「……」
それを言われてはぐうの音も出ない。できれば深くは詮索しないでほしいと願う大和だが、誤魔化すことが得意ではない彼のその願いは無残にも散る。
「他のバンドのメンバーは男子?」
「いや……。全員女子」
「もちろん大和さんと部屋は違うんだよね?」
「……」
「まさか一緒なの!?」
明らかに話が萌絵のペースになっていて、大和のみならず美和までもが苦虫を噛み潰したような顔をする。しかし萌絵からの追及は止まらない。
「バンドはプロなの?」
「いや、メンバー全員アマチュアの高校生」
「ツアーは保護者の同意を取ってるの?」
「そうだよ」
「部屋が一緒なのも?」
「……」
大和は答えに困窮する。美和は自身が宿の手配をした手前耳が痛い。
「へぇ……。保護者に内緒で女の子を囲ってるんだ。ハーレムじゃん。大和さんって口では大人なこと言ってる割にやることやってるんだね」
「そんなことない!」
思わず身を乗り出して声を張ったのは美和だ。萌絵はキョトンとした。周囲の視線が集まったことを感じて美和ははっとなり、ソファーの長椅子に座り直す。
「大和さんは凄く紳士的な人だよ! あなたが思ってるような不純なことは何もない!」
声を抑えながらも力強く大和を庇う美和。大好きな大和をバカにされることは我慢がならなかった。
「うそ? 絶対そんな男いないでしょ?」
「いるよ、ここに」
「だって私、去年の夏休みも家出したけど、誰からもエッチの相手をさせられたよ?」
去年と言えば萌絵は中学3年。そんな時から家出をしていたとは、大和も美和もとてつもなく残念な気持ちになった。
何か家庭環境に不満があるのだろうということは、帰りたくない意思を示したことからわかる。しかしその家庭にどんな原因があるのか。赤の他人の自分たちが考えても仕方がないとはわかりつつ、その心配は拭えない。
「はぁ……」
すると大和から大きなため息が漏れる。咄嗟のことで助けてしまったが、やはり長く関わり過ぎた。家出や男と寝ることに対して抵抗がない萌絵だが、それでも思いやる気持ちが芽生えている。大和にはそれが自覚できる。
大和はスマートフォンを手にした。
「大和さん?」
横から液晶画面を覗き込んだ美和が、表示された相手の名前を見て声をかけた。大和は美和に構うことなく発信ボタンをタップした。
『おう。大和か?』
電話の相手は豪快な声で受け応える。蓄えた白髭を擦っているのが目に浮かびそうだ。
「お疲れ様です、河野さん」
大和が電話をかけた相手はゴッドロックカフェ常連客で弁護士の河野である。周囲の賑やかさからゴッドロックカフェにいることが読み取れる。
大和は早速本題に入った。そして今の状況を事細かに説明した。テーブルにあったペンとアンケート用紙を引き込むと、河野の口から出るアドバイスをアンケート用紙の裏面に書き込んだ。大和のその顔は真剣だった。
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