第二十五楽曲 第一節

 大和がプロデュースする4人の軽音女子は高校生活2度目の夏休みを迎えた。この日は夏休み最初の定期練習がある金曜日だ。メンバーは4人揃って学校に顔を出したため制服姿で来ていた。

 学校に行った目的は2着目の衣装の受け取りである。この日までに睦月がセカンド衣装となるセーラー服を仕上げてくれていた。皆ルンルン気分でそれを持ってゴッドロックカフェに来たわけだ。

 そして既に起きてはいたが、まだ自宅にいた大和を引き摺り下し、これからその衣装のお披露目である。


「じゃーん!」


 大和がホールの円卓で遅い昼食を取っていると、ステージ袖から軽やかに出てきたのは古都である。大和の食事の手は思わず止まり、初めて見る爽快感のあるそのセーラー服に見惚れる。いや、ステージに立った古都にこそ見惚れたのだ。


「どう?」


 固まったまま何もしゃべらないので、古都が大和からの感想を促す。大和は目を瞬かせながら答えた。


「う、うん。凄く可愛い衣装だね」

「えへへん」


 古都は満足そうに微笑んだ。その笑顔もまた眩しい。

 そしてちょこちょこと気恥ずかしそうにステージ袖から出てきたのは美和と唯だ。すぐに希も出てきた。これまた大和は見惚れる。確かに今までもメンバーの容姿の良さは認めていたが、大和は心臓を鷲掴みにされるような、上手く自覚できない感情に支配された。


「何か言ってよ」

「う、うん。皆凄く似合ってる」


 希が鋭い視線を向けるものだから、大和は慌てて答えた。けど大和自身は満足できない言葉である。何かこう、言葉が足りないような。一方、メンバーは満足そうにステージ袖に捌けた。その直前に古都が言った。


「衣装はね、実は2種類あるんだ。今のがセカンドで、これからメインを見せてあげるね」


 2着もあるのかと、この時大和は初めて知った。メンバーは大和をホールに残してステージ裏の控室で着替え、再びステージに戻って来た。


「じゃーん!」


 1回目と同じセリフで軽やかに登場する古都。今度は他の3人も同時にステージに上がった。そして大和はと言うと……。脳天をハンマーで殴られたような衝撃を受け、完全に見惚れている。本人に自覚はないが、目がハートである。


「何か言ってよ」

「う、うん。皆凄く似合ってる」

「ちっ」


 1回目と全く同じやり取りに舌打ちを披露するのは希だ。別の言葉が欲しいのだろうとさすがの大和も察した。しかし上手く言葉が出ない。すると古都が言う。


「あーあ。制作関係者以外では大和さんに初めて見せたんだけどな」

「そうよ。大和さんが私達の初めての相手よ」


 なんだか誤解を与えそうな希の言い回しに頭をかきながらも、大和はメンバー4人を見直す。しかしやはり眩しくて直視できない。

 どうしたのだろう? 何かがおかしい。そう思うのは大和自身だ。今まで古都の揶揄に悪態をついたり、希の斜め上な発言にツッコミを入れたりすることはよくあった。それでも褒める時は自然に褒めた。しかし今はそれがうまくできなくてもどかしい。


「大和さん……?」


 さすがに大和の様子がおかしいことに全員が気づき、美和が心配そうに見る。そんな心配そうな表情をされるのは不本意であるため、大和は言わずにはいられなくなるのだ。


「えっと……。皆衣装凄く似合ってるよ。それからその衣装を着てる皆が凄く可愛い」


 かぁぁぁ、っと真っ赤になったのは美和と唯だけではない。言った大和までもがそうだ。それどころか大和が照れるものだから、古都と希まで紅潮する。それで間が持たなくなったので、大和は手元の食事を口の中いっぱいにかき込んだ。


 そんなデレデレな衣装発表会を終えて、やがて杏里も合流し、この日の練習が始まった。その頃には大和も平常心を取り戻しつつあったものの、ステージで全体練習をするメンバーがやはり眩しい。その時は既に、メンバーは高校指定の制服に着替えていたというのに。

 明日は武者修行となる全国ツアーの出発日である。2日後がU-19ロックフェスの全国大会だ。衣装を着たまま練習をして汗をかいても、洗濯をしている余裕はない。


「大和、目がハート」

「え!? うそ!?」


 杏里からの思わぬ指摘に大和は狼狽える。それどころか指摘されてやっと自分がメンバーに見惚れていたのだと自覚するから鈍い。


「ったく。とうとう大和はメンバーに惚れたか?」


 そんなことを言う杏里はどこか呆れ顔でもあるのだが、しかしどこか微笑ましそうにも見える。尤も、メンタルにゆとりのない今、大和に杏里の表情まで窺い知る余裕はない。


「ちちち違うよ。そそそそんなことないよ……」

「ぷっ。テンパって答えられても説得力ないから」


 練習中のダイヤモンドハーレムの音楽に、杏里が自分の笑い声を紛らせる。大和は顔を真っ赤にして「そんなことはない。そんなことはない」と何度も自分に言い聞かせた。せっかく練習が始まってからは平常心に戻りつつあったというのに。


 やがて練習は終わり、大和は杏里と2人で開店準備をしてこの日の営業が始まった。そして続々と入ってくる週末の常連客たち。さすがに今ではもう見慣れたこの光景に、大和は平常心だ。

 BGMのロックに紛れて、おっさん達が女子高生を囲んで鼻の下を伸ばしている。それなのに話題はしっかり音楽活動のことだから大和は感心する。この日は出発を明日に控えて、どの席もダイヤモンドハーレムの全国ツアーが主な話題だ。


 カウンター席の古都が両側の山田と田中に言う。


「お土産いっぱい買ってきますね」

「わざわざ買わなくてもいいから、帰って来たら経験したことをたくさん話してよ」

「そうそう。土産話が一番の土産だから」


 そんなことを言ってもらって嬉しそうに笑顔を見せる古都。その隣では唯が高木と話している。


「仙台の美味い牛タン屋さん知ってるよ」

「本当ですか!」

「場所教えるよ。あと、博多の旨いラーメン屋も」

「行ってみたいなぁ。でも貧乏ツアーだからなぁ」


 食べ物の話に唯は目を輝かせていた。高校生だから貧乏も仕方ないかと高木は苦笑いだ。

 ホールでは希と勝と木村が円卓を囲っていた。


「のぞみぃ、ついてっていい?」

「仕事あるでしょ」

「うぅ……」

「確かに4週間メンバー全員が離れるのは寂しくなるねぇ」


 木村が言葉のとおり寂しそうな表情をして酒を口に運ぶので、希は言った。


「東日本と西日本の折り返しで、お盆はこっちに帰って来ます」

「やった!」


 表情を一変させて勝が喜ぶが、しかし常連客の木村は相変わらずだ。


「でも、お盆はこの店も盆休みだからなぁ」


 そう、それ故、常連客とは4週間会えないのである。無表情の希ではあるが、仲良くなったおっさん達に情はあり、寂しさは感じている。

 その隣の円卓では美和が藤田と一緒にいた。


「旅行代理店を紹介してくれて助かりました。ありがとうございます」

「いえいえ。予算内に収まって良かったよ」


 安堵の笑みを浮かべた藤田だが、一方美和は、実は大和に内緒でかなり強引なこともしているので、内心は苦笑いだ。尤も、一緒に手配をした希の差し金だが。


 そんな和気藹々とした時間を過ごしていると、時刻は21時45分になった。高校生はそろそろ帰宅時間なので、帰り支度を始める。彼女達の運転手である勝もそれに倣った。

 するとその時、カウンター席で響輝と一緒に飲んでいた初老の河野が立ち上がった。そしてダイヤモンドハーレムのメンバーに向かって声を張る。


「ちょっといいか?」


 畏まった様子にも見える河野に首を傾げるメンバー一同。一方、常連客とカウンターの中にいる大和と杏里はにこやかだ。古都が代表して河野に答えた。


「どうしたんですか? 河野さん」

「少ないがこれは気持ちばかり俺達常連みんなからだ」

「ん?」


 河野から茶封筒を手渡され古都は首を傾げる。他のメンバー3人も集まって来た。そして顔を寄せ合って見るので、古都は茶封筒の口を開けた。


「なっ! 皆からってこれは受け取れません!」


 張った古都の声が店内のBGMに紛れて響く。茶封筒と同様に他のメンバー3人の口もぽっかり開いている。なんと、封筒の中には現金が入っていた。


「まぁまぁ、そう言うな。金かかるんだろ? 俺達はお前らを応援してるんだよ。だからカンパを募ったんだ」

「でも……」


 古都は眉をハの字にして大和を向く。すると大和は穏やかな笑みを浮かべて言った。


「お客さんみんなの気持ちだから。いつ不測の出費が出るかもわからないし、受け取りな」

「大和さん……」


 大和にそう言われて茶封筒を胸に当てた古都。大事そうに抱くと顔を上げた。


「ありがとうございます。大事に使いますね」

「あぁ。行ってこい」

「はい!」


 古都は元気に返事をすると茶封筒を会計役の美和に渡した。しっかり背中を押されたメンバーはおっさん達の気持ちを胸に、この日のゴッドロックカフェを後にした。

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