第二十四楽曲 第六節

 6月の第二土曜日。梅雨入りしてすっきりしない天気が続く。屋外も屋内もジメジメしていた。

 定期練習のためにゴッドロックカフェに集まったのは、大和がプロデュースする4人の軽音女子だ。学校が休みのこの日は皆、私服姿である。

 既に練習は終わっていて、店内では杏里が開店準備を進めている。特にミーティングがないこの日、メンバーは自由に楽器を弾いていた。大和は目的があってバックヤードにいるのだが、目的とはメンバーのうち2人との面談だ。


 練習後、まず1人目の女子がバックヤードに入って来た。


「話ってなに? やっと私1人に絞る気になったの?」

「言ってる意味がわからんよ。そこ座って」


 大和に促されて機材が敷き詰められた4人掛けのボックステーブルに着いたのは、小柄で童顔のドラマー希だ。大和は希と対面に位置して着席すると早速本題に入った。


「泰雅のことなんだけどな」

「うん」


 希の表情が気持ちばかり引き締まる。大和も真剣な表情である。


「って言うか、直接は勝さんのことなんだけどな」

「あぁ、うん……」


 察するところが希にはあるようだ。と言うか、実は2人ともが同じ懸念を抱いている。


「クラソニが解散した理由って知ってるのか?」

「わからない。むしろそれは私が大和さんに聞きたいと思ってた。お兄ちゃんとその話をしたことがないから」

「そっか。それならたぶん知らないと思う。勝さんの現役は勝さんが大学1年の時までで、その頃僕らは高校3年だったから。常連客になったのも希が音楽を始めてからだし」

「それなら大和さんが言うようにたぶん知らないわね。かつての音楽仲間と連絡を取ってる様子もないし、それに知ってたら何かと口を出しそうだし」

「そう、それなんだよ」


 大和が懸念していることはここにあって、希もそれを理解している様子だ。


「もし勝さんがクラソニの経緯を知って、希がその当事者の泰雅から教えてもらってるって知ったら勝さんは反対しないだろうか? と言うか、勝さんのみならず希の親御さんだって」


 希は少し顔を俯けた。学園祭の時は期間限定の意識から勢いで泰雅にお願いをしたものの、結局今でもレッスンは続いている。だからその懸念は希も持っていた。それでも希自身師匠として泰雅を慕っているし、今更2人でのレッスンを辞めるつもりはない。


「パパもお兄ちゃんもいい顔はしないと思う」

「だよね……。僕が2人のレッスンを知って1カ月が過ぎて、このことに目を逸らすのは心苦しさが芽生えてきてるんだ」


 2人とも声は弱々しい。大和は小さなため息とともに思わず肩が下がる。


「どうする? 僕としてはしっかりご家族の理解を得た活動をしていきたいから、知らせた上で承諾がほしいと思ってるんだけど」


 俯いたまま希は少しの間考えた。やがて顔を上げると答えた。


「もう少し時間がほしい。せめて夏休みのツアーが終わるまで。それまでに私は私でしっかり気持ちを整えてみるから。それで私から家族にはちゃんと言う。それに師匠は罪に問われなかった。だから絶対に家族は説得する」

「そっか、わかった」


 大和は希の意思をしっかりと受け取った。そして話題を転換する。


「ところで宿の手配お疲れ様。ありがとう」


 この日、希と美和が旅行代理店に行ってツアー中の宿の手配を済ませていた。それ故の労いの言葉だ。大和はメンバーの保護者からの同意書をもらっていて、引率者が書くべき書類を書いた。その後は2人に任せて先に店に戻って来たのだ。


「ううん。合計が凄い金額で美和がびっくりしてたけど、それでもなんとか予算内に収まりそうだって言ってた。全員まとめて同じ部屋だから安く済んだ」


 練習場所がゴッドロックカフェであるため、スタジオ代がかからないのは救いだ。メンバー皆日頃からアルバイト代は貯めている。このツアーの経費と衣装でそれも底を突きそうな予測だが、それでも足りて良かったと安堵している。

 ただ、大和にはまだこのツアーに関して懸念事項がある。それは希の次に面談を予定しているメンバーのことだ。そんなことを考えていると突然希が鋭い視線を大和に向けた。


「ところで大和さん、ヒナからの打診はちゃんと断ったの?」


 ドキッとする大和。しかしなぜこれほどダイヤモンドハーレムは自分を束縛して独占したがるのかわからない。ヒナは今まで2度来店したが、古都はキレるし、唯は泣くし、理解に苦しむのだ。


「ちゃんとってどういう意味だよ?」

「は? まさかプロデュースを受けるつもりじゃないでしょうね?」

「いやいや、そんなことまで考えが及んでいないよ」

「ん? それはまさかヒナから告られたからそっちで頭がいっぱい?」

「は? そういう意味じゃないって」

「まさかヒナの男になるつもりじゃないでしょうね?」

「それも考えが及んでないって」


 必死で頭を回転させて大和は答えるが、希は追及の手を緩めない。捲し立てるようでもある。


「及んでないってどういうことよ? まさか迷ってるとか言わないでよ?」

「そういうわけじゃ……」

「どっちも即答で断りなさいよ」

「どうしたんだよ? 希」

「どうしたもこうしたもないわよ。どっちか片方でも受けたら大和さんを三河湾に沈めるから」

「う……」

「ヒナはそこから遠く離れた茶臼山に埋めるから」

「……」


 絶句して何も言えない大和。完全に杏里の影響を受けた希の発言に恐ろしさを覚える。何なら希の目は……マジだ。と言うか他校とは言え、ヒナは希より年上じゃないのかとどうでもいい考えまでが浮かぶ。とりあえず大和は話を切って逃げた。


「えっと、希との面談はここまで。次、唯を呼んで来て」

「信じてるから。メンバー一同」


 捨て台詞のようにそれだけ吐いて希はバックヤードを後にした。大和は唖然として希の背中を見送った。


 程なくしてバックヤードに入室してきたのは唯だ。ロングの黒髪が主張の激しい胸に下りている。希の時同様、大和は唯と対面して座る。そしてすぐに本題に入った。


「夏休みのツアーのことなんだけどさ」

「あ、はい……」


 入室当初は落ち着いていた様子の唯だったが、大和の切り出しで途端に表情が曇った。どうやら思い当たることがあるようだ。


「親御さんの承諾はもらえそう?」

「……」


 唯は言葉を発することができなかった。

 この日、美和からは夏休みのツアーの母親の承諾が取れたと、同意書を渡されていた大和。しかし唯の保護者の同意書がまだ揃っていない。本来なら宿の手配が済む前に承諾を済ませておきたかったのだが、ずるずるとこの日だ。

 因みに古都と希は既に親を言いくるめていて、かなり前にそれを得意げに報告していた。


「もしかして難しい?」

「実は……、4週間も家を空けることでさすがに反対をされてて……」


 唯の説得は不調であった。既に父親と話をしている唯だが、父親は難色を示している。


「やっぱりそうだったんだ」

「はい、すいません」

「謝ることないよ」

「でも……。メンバーにも申し訳なくてなかなか言い出せないんです」


 その意見は理解できる大和。ツアーに向けて張り切っているメンバーに水を差すようで心苦しいだろうと思うのだ。

 それに万が一、このまま説得が不調なら宿の手配どころか、ブッキングもキャンセルをしなくてはならない。ブッキングのキャンセルは直前になればなるほどライブハウスに迷惑がかかる。大和はクラウディソニックの解散の時にその苦い経験がある。


「僕が直接親御さんと話したらマズいかな?」

「え?」


 虚を突かれて唯が勢いよく顔を上げる。大和はツアーがきちんと遂行できるように自身ができることは何でも協力する意向だ。引率者として当然だとも思っている。


「えっと、唯の場合、決裁権はお父さんだっけ?」

「はい、そうです」


 昨年行ったリハーサルライブの時に顔を合わせた唯の父。昨年のGWゴールデンウィーク合宿の時にも挨拶をしている。大和は温厚そうな印象を抱いていた。それでも気になることはある。


「男の僕が話すのも変な誤解を与えちゃって逆効果かな?」

「そんなことないです! ぜひお願いします!」


 大和が気まずそうに笑うので唯は前のめりになって答えた。唯の気持ちとしてはあながち誤解でもないのでそれが寂しいところだが、大和が自身の父親と話してくれるのは願ってもない話である。

 唯の返事に幾分安心した表情を見せた大和。唯の父親は土日が休みなのでこの後唯から連絡を取ってもらい、来週大和と会うことのアポイントを取り付けた。

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