第二十二楽曲 第七節

 よく晴れたこの日はGWゴールデンウィークの行楽日和にふさわしい。しかしライブハウスという閉鎖空間で活動をするダイヤモンドハーレムは、移動中以外にその気候を感じることもない。しかももう夕方である。

 この日は榎田がブッキングマネージャーを務めるビッグラインで対バンライブだ。地元ではそこそこのキャパシティーを誇る箱なので、GW中の金曜日にブッキングされたことはダイヤモンドハーレムが評価されている証拠だろう。


「で? 大和は今日もお守りかよ?」

「えぇ、まぁ」


 ダイヤモンドハーレムのライブでは定番となりつつある大和の立ち位置。それはドリンクカウンターの前だ。その大和にカウンターの内側から声を掛けるのは榎田である。1年前なんかは古都と下品な賭けをしたこの男も、今やダイヤモンドハーレムとは良好な関係を築いている。


「しっかし、驚いたよ。いつもくっついてる大和があいつらを育ててたとはな。くっついてたのはあいつらの方だったんだな」

「あはは。と言うことで、これからもよろしくお願いします」

「まぁ、大和なら問題ないだろう。さすがに有罪の2人の方だったら考えるけど」


 目を伏せたくなるが、大和はそれを隠すようにステージを向いて手元のソフトドリンクを煽った。本音では酒を入れたいところだが、この日は機材とメンバーの輸送があるためそれは叶わない。


 進級を機にダイヤモンドハーレムはホームページに『元クラウディソニックYAMATOプロデュース』と大々的に宣伝文句を書いた。県内の業界内ではちょっとした話題になったものだ。

 それによって情報を得た榎田は有罪の2人に限定して難色を示すようなことを言ったわけだが、果たして他のライブハウスでもそううまく理解を示してくれるだろうかと大和は憂う。当時はメジャーデビューを前に数多くのライブスケジュールを組んでいて、バンドとして多大な迷惑をかけたのだ。


「話題になったから界隈のライブハウスではちょっとした有名バンドだぞ」

「正直、風評を心配してるんですけど、その辺りって榎田さんの耳にはどう入ってますか?」

「まぁ、確かに敬遠してる箱があるのも事実だ。けど大半はさっき俺が言った基準だよ」


 つまりその基準とは有罪の2人の関与の懸念かと大和は理解した。泰雅はどうなのだろう? そう思ってすぐ、グレーゾーンだと思い至った。

 昨日は希が泰雅からドラムの指導を受けていることを知った。幸いにも場所はライブハウスのない備糸市内。加えて業界にそれほど明るくない楽器店しかない地方都市。泰雅の関与を公表できるかは、まだ慎重にならないといけないようだ。


 そして榎田の言葉を解釈すると大和自身が関わっていることで敬遠しているライブハウスも少なからずある。この逆境を乗り越えなければならないことで、負の遺産をダイヤモンドハーレムに背負わせてしまったなと恐縮する。

 とは言っても、大和自身がプロデュースをしていることが話題になったのもまた事実で、それぞれの店の責任者によって裁量は分かれる。敬遠している店に対しては、ダイヤモンドハーレムの演奏とステージパフォーマンスと自分も一緒に作る楽曲で認めてもらうしかないと、今までは萎縮していた気持ちが前向きに燃え上がる。


「しかしよくあんなバンド見つけてきたな」

「ん? どういうことですか?」


 ステージを向いていた大和は後方にあたるカウンターの内側からの声に振り返った。榎田は両手を台について肘を伸ばし、ホールを見回している。ステージでは既に1組目のバンドが演奏を終え、先ほどセッティングのために1度ステージに上がった2組目のダイヤモンドハーレムの出演を、オーディエンスが待っているところだ。

 ホール後方のドリンクカウンターから見えるその景色はほとんどが人の後頭部で、8割方埋まっている。週末であり連休中だからさすがの箱入りであるが、まだ5組中2組目なのでダイヤモンドハーレムもまた大したものである。


「今はまだまだなのが正直なところだけど、育てりゃ将来性高いだろ?」


 榎田のその評価に目を見開く大和。素直に嬉しいと思った。そして榎田は続けるのだ。


「リードギターの子が上手いのは前からわかってたんだけど、昼間のリハでドラムの子が化けたなと思ったよ」


 さすがに榎田は観るところが有識者だなと思う大和。技術を伸ばした希はバンドの要として大きな存在である。


「どうやって育てたんだ?」

「本人の努力の賜物ですよ」


 それも間違いではないのだが、功労者である泰雅の名前を出してやれないことがもどかしい。しかしそんな思いを抱く自分に驚きも感じる。昨日の狭いスタジオでのたった2時間で、大和は自分が泰雅を尊重しつつあることを実感した。

 そんな風に大和が耽っているとホールから歓声が上がった。その声に倣うようにステージを向くと、ダイヤモンドハーレムのメンバーが各々のポジションに立ったところであった。


『こんにちは! ダイヤモンドハーレムです!』


 古都が決まり文句となった挨拶文をマイクに通す。するとより大きな歓声が上がる。ステージ前の手摺際はゴッドロックカフェの常連客がその陣地を確保している。その後ろに備糸高校の生徒や希のアルバイト先の大学生がいるのだが、背の低い女子もいるのだから、常連客には前を譲る配慮を見せてほしいものだと大和は苦笑いだ。

 そのまた後ろに、ホームページなどから取り置きを頼んでチケットを買ってくれたファンがいる。ファンができたことに大和は感慨深い気持ちが湧く。すると古都が言う。


『私たちは元クラウディソニックのYAMATOさんからプロデュースをしてもらってる高校生ガールズバンドです! 将来性抜群なので応援よろしくっ!』


 途端にざわつく聴衆。ゴッドロックカフェの常連客は目を細めているが、それ以外の半分ほどはクラウディソニックを知らないようで「誰?」と言った反応だ。残りの半分は突然名前が消えたバンドを耳にして「そのバンド知ってる」と言った懐かしむ表情である。


「はぁ……、ま、いっか。大和の名前だし」


 カウンターの内側で頭をかくのは榎田だ。大和は恐縮そうに苦笑いを浮かべ、ぺこりと頭を下げた。どうしても業界内の人間は事情まで知っている者が多く、前途多難だなと思った。それでも前向きな気持ちが萎えるわけでもなく、大和の彼女たちと一緒に駆け上がる気持ちに変化はない。


 そして希がカウントを打って演奏が始まった。体の芯からビリビリっと刺激されるギターリフに、重厚感とそれとは矛盾した爽快感のあるベースのスラップ。そのプルは脳天まで一気に駆け上がる。

 ステージセンターは弾けるような笑顔を見せる古都と、その幼い顔とはギャップのある激しいドラムアクションの希。セミロングの髪はそのドラムアクションと共に暴れている。


 イントロを経て古都の歌が入った。ホールのオーディエンスの耳に届く美声は心臓を鷲掴みにし、しかしそれでも振り上げた拳を下げることはなく、一緒にこのステージを作り上げていた。


 やがてライブが終わって夜、メンバーを家まで送り届けてからゴッドロックカフェに到着した大和。機材を下ろそうと荷台のドアを開けたところで店内から杏里が出てきた。杏里は建物を回り込んで駐車場まで来る。


「お疲れ様。手伝うよ」

「ありがとう」


 大和は素直に杏里の厚意を受け入れた。


「店もありがとな」

「ううん。どうせ暇だったし」

「やっぱり?」

「そうよ。2組しか来客なかったし、その人たちももう帰っちゃって今はゼロよ」


 常連客がダイヤモンドハーレムのライブに駆け付けたのだからそれも仕方ないと苦笑いの大和だ。そして今は客がいないわけで、杏里がこうして店から出てきたことにも納得だ。


「僕が帰って来たことがよくわかったね」

「暇だったから何回も外に出ては様子を見てたのよ」

「なるほどね」


 下ろす機材は古都と唯に使わせている楽器と希の自前の楽器だけだ。2人がかりならそう手間ではない。大和はそれを運びながら杏里に言う。


「杏里、明日なんだけど……」

「ん? 地区大会?」

「うん。昼間だから店に影響ないし、響輝と一緒に観に来ないか?」

「……」


 返ってこない杏里からの返事。都心で行われるロックフェスとは言え、ライブハウスではない。だから大和はダイヤモンドハーレムの演奏を観てほしいのだ。ただ泰雅のことが気がかりなのだが、それでも今後泰雅をゴッドロックカフェに出入りさせたい思いがあるので、この現状を変えなくてはならない。


「響輝と相談する」


 それだけ言うと杏里は荷物を持って店のドアを潜った。

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