第十九楽曲 第二節
商工会館のホールでダイヤモンドハーレムは『備糸高校の生徒で結成されたガールズバンドです』と紹介された。そして与えられた15分の枠で2曲を演奏したのだが……。
客席に所々若年層はいるものの、基本的には中高年層ばかりだ。無論、ゴッドロックカフェの常連客の様に日頃から軽音楽に慣れしたしんだ客ばかりではない。軽快で活気のある音楽に理解を示せる者は少なく、それでも微笑ましくステージを眺めてはいたのだが、手拍子にて応えるという反応であった。しかし演奏を終えたメンバーは口々に言う。
「楽しかったね!」
「うん。やっぱりお客さんを前にしてステージで演奏するのはいいね」
古都の言葉に美和が答え、隣で唯も笑顔だ。希はそのドラムアクションから体を上気させていた。
「楽しんでもらえたなら良かった、良かった」
大和はメンバーを見て素直にそう感想を伝えた。
その後の河野のバンドの演奏を観るため一行はすぐに客席へ移動した。河野のバンドはブルースを主体にセットリストを組んでいて、軽音楽に馴染みのない客でも耳にしたことはある曲ばかりで、それなりに反応は良かった。
「オリジナルよりコピー曲でセトリ組んだ方が良かったかもね」
「あはは」
希がそんなことを言うので隣で大和は苦笑いだ。それでも楽しめたのだし、こういうステージもあるさと前を向いた。それに地元ではゴッドロックカフェと学校を除いて初めての演奏なので、少しでも知名度向上に役立てばと期待を抱いた。
この後、古都と美和はアルバイトのため解散し、商工会館には大和と唯と希が残った。
この新年会はホールでのステージ発表のみならず、広い畳の談話室も開放されていた。商売をする家庭の子供たちを、親が新年会の運営などで駆り出されているため、この場で自由に遊ばせていたのだ。
ある程度ホールでの発表を見てから一行は場所をこの談話室に移した。そこは十分な量の菓子とジュースが用意されていた。
「あ、お姉ちゃんゲーム機持ってる。一緒にやろう?」
「いいわよ」
希は小学校中学年くらいの男児たちに囲まれ、ゲームの相手をせがまれた。それに対して快く対応する希。普段から愛想がいいとは言えない希だが、大和はそれを見て自分の得意分野なら友好的な一面も見せるのだなと感心した。
「お姉ちゃん、これ読んで」
「うん、いいよ」
唯は小学校低学年から幼児に囲まれ、絵本の朗読をせがまれた。唯はとても穏やかな笑顔で対応していて、大和はそれを微笑ましく眺めていた。唯が絵本を開いて読み始めると、唯の前には子供が集まり、小さな朗読会となった。
「ねぇ、ねぇ、おじちゃん」
「おじ、おじ……」
袖を引っ張られて大和が振り向くと、小学生くらいの男児が立っていた。大和が「おじちゃん」と呼ばれたことに唯も希もその耳が反応し、笑いそうになって集中力を切られたがなんとか堪えた。
「ハナのおむつが臭い」
「ハナ?」
「うん、僕の妹」
そう言って男児が部屋の隅を指差すので見てみると、お絵描きをしている3歳くらいの女の子がいた。ちょうどこの部屋からは大和以外の大人が出払っているタイミングだ。すぐに戻って来るだろうから待ってもいいのだが、大和は気になって女の子に近づいた。
「ハナちゃん?」
「パパとママとにぃに」
「へー、上手に描けてるね」
「えへへ」
はにかんだように笑う女の子。すると大和の横に兄の男児が分厚いトートバッグを持って立った。大和はすぐにそれがおむつの入ったバッグだとわかった。そして女の子に顔を近づけてみる。
――確かに、ちょっと臭うかも。
「ハナちゃん、おむつ交換しようか?」
すると手を止めてモジモジとしだした女の子。恥ずかしがっているようだ。大和は周囲を見回すと、カーテンで仕切られる2畳くらいの空間があることに気付く。授乳などのために配慮された空間なのだろうと大和は悟った。
「ハナちゃん、あそこで交換しようか?」
「うん」
すると表情が晴れて元気に返事をした女の子はペンを置いて立ち上がった。どうやら受け入れてくれたようで大和は安堵する。そして女の子を連れて移動すると、兄の男児も一緒についてきた。
数分後、大和が女の子のおむつ交換を終えてカーテンを開けると、ちょうど大人の女が部屋に戻って来た。すると女の子が「ママ」と言って嬉しそうに駆け寄るので、女の子の母親だと理解した。男児も母親に寄って、大和がおむつを交換してくれたことを伝える。
大和は女児に勝手にそんなことをしてしまってトラブルにされないだろうかと焦ったが、思いの外母親は丁寧に頭を下げてお礼を言った。
「へー、大和さんおむつの交換できるんだ」
「わ、私もちょっとびっくりしました。女の子って難しいのに」
立て続けに希と唯がそんなことを言う。大和はちょっと恥ずかしくなって頭をかいた。
「いやさ、昔従妹のを散々やらされたことがあったから」
「ん? 杏里さん? 卑猥ね」
「違うわ! 杏里とは3歳差だからせいぜいおむつは僕が小学校に上がる前だよ。今言ったのは母方の方で、僕が小学校高学年の頃、おばさんが何かと育児を教え込んできて調子に乗って何でもかんでも僕にやらせたんだよ」
「なるほどね。でもイクメンはポイント高いわよ」
希にそんなことを言われて照れる大和。しかしここで終らないのが希だ。
「私の婿候補なんだから、これからもその意識を維持してね」
「……」
「わ、私からもお願いします。その……こ、候補なので」
「唯まで……」
「おじちゃん、もしかして今逆プロポーズされたの? しかも2人から?」
兄の男児がきょとんとした表情で言う。無垢である。ただしかし、冗談であれ言葉はそのようだと大和は思う。もちろん恥ずかしくてそんなことは口にできないが。
この後、女の子の母親は再びすぐに部屋を出たものの、大人は常に大和以外で2、3人ほどいた。そして大和はおむつを交換したことをきっかけに兄妹から懐かれ、お絵描きに付き合った。それを見て何人かの子供が寄って来た。すると……。
「えーん、お姉ちゃんが苛める」
大和のもとに1人の小学校中学年くらいの男児が来る。片手にゲーム機を持って泣いていた。男児が指差す方向には他の男児とゲームをする希がいるのだが、その相手の男児もまた難しい顔をしている。大和はどうしのだろうと希に近づいた。
「希、この子泣いてるけど、どうしたんだ?」
「ハメ技を使ってきたからゲームでコテンパンにやっつけてやったわ」
大人げない。大和は内心嘆息した。しかし希は続ける。
「勝負の世界に情けは無用よ。やられたらやり返す」
希の負けん気の強さが存分に出ていた。すると今度は唯の方から女児の声が聞こえる。唯は絵本を読み聞かせているはずなので、子供の声の方が聞こえるのは珍しい。
「お姉ちゃん、私も大きくなったらお姉ちゃんみたいにおっぱい大きくなる?」
思わずその言葉に反応して唯を向く大和。唯は笑顔で対応しているが、明らかに困っていた。無垢とは一体……。
「あはは。どうだろうね」
「私のママちっちゃいの。私は大きい方がいい」
「あはは。あはは。じゃぁ、パパとママの言うことを良く聞いていい子にしてたら大きくなる……かな」
すると1人の男児が大和を一瞥する。大和は「視線がバレてしまったか?」と思い、目を逸らそうとしたのだが、その男児は不敵な笑みを浮かべて唯の膝に座った。しかもなんと、甘えるような仕草で唯を見上げて、後頭部を唯のマシュマロに預けたのだ。
それを羨む目で見る大和。まさか子供が下心を持って密着してやいないかと目を離せないが、唯はそんな疑いを持っていないようで、男児の腹に手を回す。大和は考えすぎだと思い直し、今度こそ視線を逸らそうとしたのだが、その瞬間、唯の膝に座った男児が大和を見て嫌味で勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
――あんのクソガキ……
「エロ大和。大人げない」
すかさず希が毒吐く。希は視線をゲーム機から目を離しておらず「なぜバレた?」という疑問が大和の脳内で周回した。
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