第十八楽曲 第二節
大晦日。ゴッドロックカフェの大掃除を終えたダイヤモンドハーレムのメンバーは大和の部屋に集まっていた。人数が多かったことで昨年までより順調に掃除を進められたものの、やはり店内の掃除は骨が折れた。杏里は終わり次第すぐに帰宅した。
大和とメンバーは少し埃っぽく、大和がすぐに風呂を入れた。皆これまで一様にマスクを装着していたのは、埃避けと喉の保護のためである。喉の保護は風邪対策もさることながら、歌手としても重要である。
『じゃんけんぽん!』
風呂に入る順番も決まったようで、湯が溜まるなりまずは古都が脱衣所に消える。この日はとても寒く、昼間に掃除の過程で屋外に出た時は誰もが凍えた。早く温まりたいのは皆同じであるが、女子が4人もいるし、腹の虫も自己主張を始めている。だから入浴者を待つことなく食事は始める意向だ。
窓から見える市内の景色はもう薄暗くなっていて、時刻は夕方と言える時間だ。リビングのこたつにはIHコンロとそれ用の土鍋が据えられている。今からはメンバーが楽しみにしていた鍋パーティーである。すでに具材はトレーに陳列されていて、これは掃除の合間に美和が用意した。
『かんぱ~い』
風呂に入っている古都以外がこたつの四方を囲み、乾杯をして鍋パーティーが始まった。
大和は缶ビールを、高校生はソフトドリンクを手元に箸は進む。温かい食材とこたつの熱が冷えた体を温めてくれる。
テレビは大晦日特番のバラエティーを映し出していて、そのテレビが見やすいようにこたつを45度回転させている。窓際テレビ側に座る大和の右に美和、左に希、正面に唯がいる。
「今日は皆ありがとう」
「いえいえ、こちらこそいつも使わせてもらってるステージですから」
大和の謝意に美和が答え、唯と希も表情で同調する。
「これで部屋も店もさっぱりして新年が迎えられるよ」
缶ビールを置くなりそう言って大和は一息吐く。窓際にいる大和の背後は、窓からの冷気が厳しくなかなか寒い。結露しているその窓を隠すように大和はカーテンを引いた。
「なんかいいですね、こういうの」
唯が笑みを浮かべて言う。その意図はみんなでこうして鍋を囲んでいることにあり、5人で年越しを迎えられる喜びにある。さすがに父親が2週連続の外泊に難色を示した唯だが、なんとか説得に成功し、今この席に着いている。
大和もまた、唯の言葉に倣ってこの空間を楽しんでいた。そう、鍋パーティーが始まって最初の数分間だけは。
ぞくぞくっ……
食事がある程度進むと時々大和は気になって箸が止まるのだが、何と言ったらいいものかもわからないので言葉を口にできない。こたつの中で撫でるように足を擦られる。それをしているのは一体誰の足なのか、放っておくと太ももまで伸びてくるのでさすがに手を入れて払いのけるのだ。
ささぁ……
そしてまた。衣擦れの音でも聞こえてきそうだが、食事や会話やテレビの音で実際にそれを耳にすることはない。そしてそれは例の如く膝を過ぎて近づいてくる。
大和はこの場の面々にチラッと視線を向ける。まず正面の唯への疑いは消した。唯がこたつの中で足を伸ばせば両脇の2人とバッティングするだろう。表情を見る限り、誰にもそんな様子はない。
しかし一体誰がこんな魅惑的なことをしているのか。大和は次に右の美和を疑いから消した。美和は時々テレビに向くのだが、その時に大和の方から体を捻るので、足はその反対に投げ出される。体勢を考慮すると無理だ。
大和は足が伸びてきたその方向と、消去法で行き着いた希に目を向ける。希は食事を進めながら、時々テレビに視線を向ける。相変わらず口数は少ないが、そもそもこの場に今のところ古都がいないので部屋そのものが落ち着いている。すると希が大和に視線を向けた。
「う……」
希は大和と目が合うとはにかんだ笑みを浮かべたので大和は絶句する。やっぱり確信犯であった。しかも貴重な希の笑顔。大和は一瞬萌えた。しかしなんとか自我を手繰り寄せ、こたつの中に入れた手で希の足を優しく払いのける。相手がわかったので、今度は希の方向に追いやった。
「ふぅ、さっぱり」
リビングドアを開けたのは古都だ。もこもこパーカーの寝間着姿にしっとり濡れた綺麗なミディアムヘアーが艶めかしく、大和は不覚にも射抜かれる。普段元気が余り過ぎて時々鬱陶しくも感じる古都だから忘れそうになるが、やはり彼女は美少女である。
「次、美和だね」
「うん。でもご飯中途半端だから食べてからにする」
「そっか。唯とのんは?」
「私もそうしようかな」
「同じく」
「げ……。と言うことは私の場所がないじゃん!」
「古都は食卓で食べれば?」
冷たく言い放つ希。「そんなの嫌だ!」と喚き散らす古都。一気に賑やかになった。すると古都はスペースがないにも関わらずこたつを回り込む。
「じゃぁ、私は大和さんと一緒」
「むむ。離れなさい、バカ古都」
大和の左に自分の腰を無理やり押し込み、いきなり大和の左腕を抱えた古都。それを見てすかさず希が制するのだが古都は聞く耳を持たない。しかし古都は異変に気付く。
「あれ? どうしたの? 大和さん」
古都は大和の肩に頬を寄せて問い掛ける。古都の言葉で怪訝な表情を浮かべる美和と唯。しかし希だけはどこか得意気だ。この時箸とは反対の左腕をこたつから出されて大和は硬直していた。
「あ、いや……あはは」
肩に寄せられた風呂上りの古都の表情は艶やかで、シャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。そして古都が隣に来た時に、こたつの中で再び伸びて来ていた希の足。それを払いのけようとしていた矢先に古都が左腕を抱えたものだから、それは今、太ももの付け根まで伸びていた。
「僕、まだ風呂入ってないから埃っぽいよ?」
「いいよ、それならもう一回入るから。大和さんがお風呂入る時に一緒に入ろう?」
「ぶっ!」
ギロッ!
大和は口に運んでいたビールを吹く。そして古都の言葉に反応した他のメンバー3人。睨むように古都を見るのは、この女があながち冗談で言っていないことをわかっているからだ。尤も、大和は動揺しておいて冗談だと思っているが。
「ごめん、僕が先に風呂を済ませてもいいかな? あはは」
引き攣った笑みで大和は言う。こんな状態では平常心なんて保てない。じゃんけんで負けて風呂は最後の予定だったのでお伺いを立てたわけだが、大和は誰が返事をするまでもなく立ち上がった。
「「あぁん……」」
途端に発せられる2人分の切ない声。もちろん大和の上半身と下半身にそれぞれ密着していた古都と希だ。大和は逃げるように風呂へ消えた。その時大和は腰を屈めるようでいて、それは何かを隠すような仕草であった。
その後、大和は湯船に浸かりながらほっと一息吐いたわけだが、先ほど古都が入ったばかりかと考えるとまた煩悩がぶり返す。
やがて時間は流れ、皆食事と風呂も済ませて夜だ。風呂上りの女子達はなんとも大和の心をくすぐる。冬用の部屋着に身を包んだメンバーだが、美和は足を出していてそれがすらっとして綺麗だし、唯は衣服が厚手でも膨らみがわかる。童顔の希はロリコンには堪らないだろう。古都のみならず全メンバーに思わず大和は目を奪われるのだ。
思い返せばお泊り会と称してこうしてメンバーと一緒に夜を過ごすことは、大和の記憶ではない。合宿と夏祭りとクリスマスイブは、大和は基本的に1階で過ごしたし、初ライブの後は酔っ払っていて記憶が曖昧だ。大雨の日の単独の古都くらいか。
しかし動揺とは裏腹に今こうして可愛い女子達を囲っていることにどこか優越感も抱く。それが否定できないからこそ邪なその気持ちに自己嫌悪をするのだが。
その女子達は4人でこたつを囲んで賑やかに、そして和やかに過ごしていた。落ち着かない大和は食卓に避難して過ごしていたが、大好きなこたつを辞退して若干寂しい。それでもやはりこの場が楽しくもあるので、大和の気分は晴れていた。
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