第十四楽曲 第二節
九月最後の平日である金曜日の放課後。涼し気な夏の制服も見納めの日である。朝、古都が自分の1年2組の教室に顔を出すと、すかさず古都の中学からの友人の
「おはよう、古都」
「あ、華乃。おはよう」
「鞄置いてあったけど、どこかに行ってたの?」
古都は華乃よりも早く登校していた。そして鞄を置いたまま今まで教室を離れていたが故の華乃からの質問であった。
「あぁ、うん……」
歯切れの悪い返事で苦笑いを浮かべる古都を見て華乃は悟った。
「また告られてたの?」
「えへへ、まぁ」
登校するなりすぐに2年生の男子生徒から呼び出された古都は、校舎の人気のない場所で告白をされていた。付き合いの長い華乃は古都の様子からすぐにそれを察知したのだ。と言っても、古都がモテることは既に周知の事実で、クラスはおろか、学年中の多くの生徒がこの様子を見れば察したことだろう。
「しっかしモテるねぇ。どうせまた振ったんでしょ?」
「まぁ。私は大和さん一筋だし、音楽しか頭にないから」
朝から元気いっぱいに答える古都だが、華乃がすかさずツッコミを入れる。
「音楽が頭にあるのが振った理由で、尚且つ大和さんに惚れている奴を一筋とは言わないよ」
「むむぅ……。音楽と大和さんは切っても切れない関係だから一筋なの!」
「はいはい」
ダイヤモンドハーレムのメンバー全員が大和に惚れていることも察している華乃は、これだけ容姿のいい4人から想われる大和も相当モテるものだと内心溜息を吐いた。そもそもこれだけ容姿のいい4人が一緒にバンドを組むことも、同じ男に惚れながら活動は円満に進行させていることも奇跡だと思っているのだが。
華乃は声を掛けた時点で一番聞きたかった話題に転換させた。
「学園祭のステージは確定なの?」
「大丈夫だと思うけど、今日の放課後メンバーみんなで長勢先生のところに突撃するつもり」
すると華乃の他に一人、二人と古都の周りに女子生徒が集まって来た。そうかと思うと、やがて学園祭のステージの話題に興味を示したクラスの男子生徒も古都を囲み始めた。
「ホームページ見たぞ」
1人の男子生徒が得意げに言うので古都は満面の笑みで「ありがとう」と応える。その男子生徒は古都の笑顔で一瞬脳天に衝撃を覚えたが、気をしっかりと保って続けた。
「次のライブ中間テストの真っ最中だな?」
「そうなんだよ……」
「最終日ならまだしも、さすがに行けないなぁ」
「そうだよね……」
残念そうな顔をする古都を見て男子生徒はとてつもない恐縮の念が襲うが、それでも定期テストが重要な高校生なのだからどうしようもない。
一方、1年4組の希は2人の女子生徒と固まっていた。ゴールデンウィーク明けにできたクラス内の友達で、それ以降ずっと仲良くしている。次の10月のライブも興味を持ってくれていた。……が、しかし。
「のんちゃん。行きたいって言っといて申し訳ないんだけど、やっぱり中間テストの真っ最中はライブ観に行けないや」
「そっか。まぁ、仕方ないよ」
眼鏡っ娘のクラスメイトが恐縮そうに言うものだから、希は努めて明るく答えた。ただ希が努めて明るくしても、対面する相手からしたらあまり希の表情の変化はわからないのだが。
「のんちゃん、ごめん。私も」
二つ縛りのクラスメイトも恐縮そうに言う。これにも気にしていない旨を努めて明るく言う希だが、やはりそれは相手に伝わりにくい。だから2人のクラスメイトの恐縮そうな表情は晴れない。
そこで初めて自分に原因があるのかもしれないと悟った希は、初ライブのステージで培った満面の笑顔を見せた。
「学園祭は観てよ?」
「出られるの?」
「まだわからないけど、たぶん大丈夫」
「わかった。それは絶対観る」
言葉よりも希の笑顔で安心したクラスメイトの2人。元来人間嫌いの希も周囲に気を使えるようになったようだ。これもゴッドロックカフェで多くの人と触れ合い、そしてバンド活動を通して表情を少しずつ増やしたからであり、希の成長の証である。
美和の1年9組では朝の部活を終えた
「10月のライブこそは絶対行くから」
「は? テストだからダメに決まってるでしょ」
希や古都のクラスメイトとは対照的な会話である。因みに唯もこの週は同様の話題をクラスの
「ちぇ、今度こそ美和のステージ観に行けると思ったのに」
「学園祭にたぶん出られるから」
正樹が残念そうに言うものだから美和は学園祭への期待を窺わせた。初ライブは学校の生徒を呼ばないことが長勢教諭からの条件だったため観に行くことが叶わず、次のライブこそはと思っていた正樹だが、結局テスト期間のためやはり叶わない。
美和は美和で少し距離を感じる正樹以外のクラスメイトにも告知したいと思っていたが、やはりテスト期間なので遠慮している。結局今回も生徒には声を掛けられそうにないなと諦めモードである。
そして放課後。
いつもならバンドの練習のため、すぐに学校を出てゴッドロックカフェに向かうが、この日古都はバンドのメンバーを引き連れて職員室に出向いた。
「おーい、長勢先生」
職員室の入り口で、まるで友達でも呼ぶかのように
「どうしたんだ? メンバー4人揃って」
長勢は既にダイヤモンドハーレムのメンバーを全員認識している。1年生のクラスに教科の受け持ちはないにも関わらず、クラスではそれほど目立つ方ではない唯と希のこともしっかり把握している。これも大和と古都の効果である。
「どうしたじゃないですよ。ちゃんと推薦してくれたのかを聞きに来たんです」
「あぁ、そのことか。安心しろ。ちゃんと推薦状は提出してあるから」
「いえーい!」
メンバー同士でハイタッチを交わす女子達。
この日は学園祭の有志発表の教師推薦や生徒会推薦の締切日だ。バンド練習に行く前に職員室に立ち寄ったのは、その確認のためである。
「中間テストの最終日に生徒会と職員の合同会議があるからそこで通れば正式決定される」
「と言っても、今まで推薦されて漏れたグループはないんでしょ?」
「まぁな。そういう事例はない」
「じゃぁ、ほぼ確定じゃん」
長勢に対してタメ口で実に嬉しそうな笑顔を向ける古都。古都の後ろにいる他のメンバーも一様に口元が緩んでいる。
「本番までに練習に励めよ」
「もっちのろんです!」
「経験も積めと言いたいところだが、他にライブの予定はあるのか?」
「はい! 10月じゅ……んんん……」
突然、背後から美和に口を塞がれる。美和、素早かった。そして苦笑いを長勢に向ける。それに長勢が怪訝な表情を見せるものだから、唯が補足をした。
「えっと、10月中に1回予定できそうなので頑張ります」
「おう、そうか。じゃぁ、俺は部活に行くから。気をつけて帰れよ」
「はい。失礼します」
長勢がこの場から離れたことと、会話が聞こえるほど他の教師が近くにいないことを確認して美和は古都の口を解放した。
「なんだよ、いきなり」
古都がそんなことを言うものだから、美和は古都を後ろから抱きしめた体勢のまま古都の耳元で言う。
「先生に中間テストの真っ最中のライブの予定を言う奴があるか」
「あ……」
「古都、バカ」
最後の止めは希の言葉だ。古都はばつが悪そうに頭を掻いた。
この後4人は一緒に学校を出て、唯だけは自転車を押しながら4人まとまって駅まで歩いた。その道中で古都が隣を歩く美和に言う。
「と言っても、バンドのホームページ見ればライブの日程わかっちゃうよね」
「そりゃ見られた場合は仕方ないけど、それでもわざわざこっちから言う必要ないでしょ」
「まぁ、確かに」
一応の納得を示した古都。10月に1つライブの予定が決まっていることや、学園祭のステージが確実になったことで機嫌はいい。
「そう言えば、美和って曲作りやってるの?」
「リフの書き溜めは幾らかあるけど、まともに作り上げた曲はあれ以降ない」
美和の言う「あれ以降」とは古都と美和と大和が合わせて5曲作った時期のことを言っている。
「古都は?」
「バラバラにフレーズができてたりはするんだけど、まともに1曲は私もないなぁ」
「同じようなもんか」
楽器の練習、アルバイト、そして学業の傍ら、古都も美和も創作活動は続けているようだ。2人はお互いにその進捗を確認し合った。
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