第十二楽曲 第四節
通常授業が再開された9月の初頭。まだ夏だと言わんばかりの暑さは残り、夏の制服姿の生徒ばかりが集う備糸高校は、蒸し暑い雰囲気とは裏腹に、その服装から幾分の爽快感も与える。
「古都、来週の土曜日だよね?」
1限目の授業を控えた1年2組の教室で、岡端華乃はゴッドロックカフェで行われるリハーサルライブの話題を出す。登校したばかりの古都は自席で通学鞄から教材を机に詰め替えているところだった。
「うん。華乃の予定は大丈夫?」
「ばっちり空けてるよ。あんたの演奏見るの初めてだから楽しみにしてる」
「勉強会の時に練習は見てたじゃん」
「呼んでおいてそんなつまんないこと言わないの」
「はーい」
華乃は古都の前の席が空いていたので拝借し、横向きに座ると体を捻って古都を向いた。古都もちょうど手が空いたところで、授業開始前の朝の時間を華乃と過ごすことにした。
「しっかし、初めて練習を見た時は驚いたわ」
「え!? 上手だった?」
「古都の演奏はお世辞にも上手いとは言えなかったな」
「ガーン……」
期待を伺わせて落とされたので、勢いよく机に突っ伏す古都。すぐに上体を起こした古都の額は机との接触でやや赤みを帯びている。間抜けなその顔を冷たい視線で見る華乃だが、内心は笑っていた。華乃は吹奏楽部なので、担当楽器でなくともそれなりに演奏の評価はできるのだが、言葉とは裏腹に実はそれなりの演奏だったと思っている。
「何に驚いたのさ?」
「曲」
「え? どういう意味で驚いたの?」
その先を期待していると伺わせる古都を見て、素直に褒めるのも癪だと思った華乃なので、捻くれた考えが浮かぶ。
「めっちゃいい曲」
「本当!?」
「うん。さすが大和さんが仕上げただけあってやっぱ違うわ~」
「ちくせう。素直に私の作詞と作曲を褒めろよ」
ジト目で華乃を見据える古都。その表情を見て華乃がクスクスと笑う。とは言え、華乃は古都が作った曲も美和が作った曲も評価していて、また古都の作詞に対しても感心している。
「古都はギターで作ってんの?」
「うん。て言うか、美和も大和さんもギターで作るよ」
「へー。偏見かもしれないけど、鍵盤楽器で作るイメージだった」
「そっか。鍵盤は唯ができるって聞いたことあるけど、唯は作曲しないからなぁ」
古都が視線を上に向けて思い返しながら答える。始業時刻が近づき、教室は続々と生徒が入ってくる。朝の練習を終えた運動部の生徒はうっすら汗も滲ませていた。
「なぁ、雲雀」
ふと背後から呼ばれた声に古都は「ん?」と振り返る。華乃も古都の肩越しに声の主を見ていた。そこにはクラスメイトの男子生徒が立っていた。古都も華乃も話した事のある生徒で、顔を合わせれば挨拶くらいは交わす。しかしその程度の男子生徒であり、眼鏡を掛けていること以外これと言って特徴もない標準的な顔立ちと背格好である。
「ライブやるんだって?」
「うん。なんで知ってるの?」
首を傾げる古都。親しい友人しか声を掛けていないのでそれほど深い付き合いではないこのクラスメイトが知っていることに疑問を抱いたのだ。尤も、ギターを持ち込んだことはあるので、古都が軽音楽をやっていることは周知の事実である。
古都と華乃がじっと男子生徒を見ていると、男子生徒は頬を指でぽりぽり掻きながら古都の質問に答えた。
「あ、いや。こないだ岡端と話してるのが聞こえたから」
「そっか。うん、来週の土曜日にやるよ」
「それって俺も観に行けるものなのか?」
「え? 来てくれるの!?」
「うん。是非」
パッと表情を明るくさせて答えた男子生徒だが、古都は人差し指を顎に当ててその大きな瞳を上に向けた。ふと思い返す。当日ゴッドロックカフェのホールは立ち見だが、円卓は置いたままで壁際に椅子を並べると聞いている。それにより定員は40人。
「ちょっと待って」
古都は鞄からスマートフォンを取り出すと急いで操作した。質問をグループラインに書き込むと、すぐに希からの回答が届いた。あまりにも返事が早いので手に持っていたのだろうと古都は思ったくらいだ。
「ごめん。もう整理券全部出ちゃったって」
「あぁ、そうなのか……」
当日はリハーサルを兼ねた招待ライブなのでチケットではなく整理券だ。しかしその整理券は常連客を優先にメンバーの家族や友人達へすでに配布が終わっていた。ホームページ管理者の大和と希がそれを把握していて、その希からの回答だったのである。
落胆の様子が隠せない男子生徒を見かねて心苦しくなり、言葉を探す古都だが、先にその男子生徒が口を開いた。
「他にライブの予定ってないのか?」
「えっと……、あるんだけどね……」
古都はその次の週にあるデビューライブについて話し始めた。学園祭に向けての条件になっていることや、付加条件として学友を呼べないことなどを簡潔に説明した。
「そっか。じゃぁ、そのデビューライブが成功したら学園祭のステージに出られるんだな?」
「うん。確定ではないけど、教師推薦だからたぶん大丈夫」
「じゃぁ、それ楽しみにしてるから頑張れよ」
「ありがとう」
古都が満面の笑みで礼を口にすると男子生徒は顔を真っ赤にしてその場を離れた。
「しっかしまぁ、相変わらずモテるねぇ」
「へ?」
華乃が目を細めて言うので古都は首を傾げた。
時間は進み昼休みの1年9組。食事を終えた後、いつもの如く美和に近づく高坂正樹。そして囁かれるクラス内の2人の女子の声。
「あぁ、また高坂君行っちゃった……」
「ったく。なかなか捕まらないよね」
この2人の女子が正樹を目で追っていると、その視線は自分達とは違う場所にいる女子のグループまでたどり着く。
「やっぱり2人は付き合ってるのかな? なかなかお近づきになれないよ……」
「2人とも違うって公言してるらしいけど、違うならベタベタすんなよってね」
「はぁ……。また部活後終わってから話し掛けようかな……」
「まぁ、そうしな」
正樹が美和のいる輪に近づくと、美和は一度嘆息し席を立つ。にこやかな表情の正樹は一度来るとチャイムが鳴るまで離れないのを知っている。そして、自分がその場を動かなければ輪の友達が気を使って離れることを知っている美和の行動だ。
「来週の土曜日だろ?」
「まぁね」
正樹の質問の意図がゴッドロックカフェでのリハーサルライブだと悟って答えた美和。窓際に移動した正樹と美和だが、美和の機嫌はあまり宜しくない。2人して窓際の壁に背中を預けていて、正樹は美和の様子に構わず続ける。
「ぜってー行くから」
「ありがと」
不機嫌ながらもこれには素直に礼を述べた美和。正樹が美和のステージを見たいと公言していたことは中学の時からわかっている。尤も、テスト勉強でゴッドロックカフェに行った時に練習を見てはいるのだが。
「その次の週がデビューライブだっけ?」
「うん。デビューって言ってもまだインディーズバンドですらないけどね」
「それでも全曲オリジナルだろ?」
「まぁ、そうだけど」
「たいしたもんだよ」
にかっと笑う正樹は窓から差し込む日光にその表情を照らされていた。その正樹は美和から視線を外さないが、美和は体の向く方向を真っ直ぐに見ているので、視界は教室全体だ。チラチラとクラスメイトの視線を感じるので、それが美和を憂鬱にさせる。
「デビューライブのチケットくれよ。ちゃんと買うから」
「は!? 生徒には売れないって前から言ってるじゃん」
「ちぇぇぇ」
落胆を示して正樹も美和と同じ方向を見る。しかし無頓着な正樹は周囲の視線を気にしない。
学園祭の条件にもなっているデビューライブが、学友を呼んではならない付加条件を付けられたことを美和は正樹に今まで散々説明してきた。それでもライブに行きたいと思っている正樹は惚けて言うのだ。
「来週のライブは学校の連中呼んでんだろ?」
「うん、まぁ」
「美和は誰を呼んだんだ?」
その問いに美和は嘆息する。実は美和は正樹にしか声を掛けていない。クラスメイトだと親しい男子は正樹しかいないし、女子は正樹がいることで遠慮したり敬遠したりするのだ。だから……。
「私はあんたにしか声掛けてないよ」
「そうなの!?」
正樹が声を弾ませるのでまた嘆息する美和。それは特別な意味ではなく、ネガティブな意味なのにと肩を落とした。
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