第七楽曲 第六節
まだ美和と希が合流する前、この日古都と唯が店にいることで早めに下りて来た大和は古都の無残なギターに絶句した。しかし、ネックが折られた古都のテレキャスターをしっかり見てすぐに気を取り直した。
「ボルトオンだから修理で何とかなるね」
「ボルトオン?」
悲壮な表情がやっと正常に戻りつつある古都だが、大和からの聞きなれない言葉に小首を傾げる。
「あぁ。古都のスクワイヤーは唯のジャズベースのフェンダーが元のメーカーで、ネックとボディーが一体じゃないギターとベースが主流なんだよ。ネックとボディーはボルトで固定してあるから、ネックの交換だけで修理はできるね」
その言葉に胸を撫で下ろす古都と唯。そして大和は続ける。
「ボディーにまでダメージを与えられてなかったのは幸いだよ」
「そっかぁ。でも大和さん、修理ってどのくらいお金かかるの?」
「優に本体が1本買えるくらい、かな……」
苦笑いを浮かべる大和に、一気に落胆の色を示す古都。
「それだったら、新しくてグレードの高い物が買えちゃうな」
大和のこの言葉はただの止めだ。古都は山田から引き継いだこのギターに愛着を持っている。手にしてまだ数日だが、初めて持った自前のギターであり、期待と応援が乗ったこのギターを大事にしているのだ。
「ネックはバラ売りされてないの?」
「ネットとかで探せばあるいはあるかもしれないけど、フェンダーの本体パーツはあまり出回ってないから期待できないな」
「そっかぁ……。山田さんに何て説明しよう……」
古都が唯に肩を寄せるので唯は古都を抱き寄せて肩を摩った。いつもは元気な古都が気に病んでいる様子に大和の心は痛む。
「これから練習の日は店にある楽器を使えよ」
「え?」
古都の声と一緒に唯も大和の言葉に反応して顔を上げる。まだ2人とも大和の意図が掴めていないようだ。
「ギターもベースも2本ずつあるから、これからは古都も唯も美和も学校に楽器を持ち込まなくていいよ」
「大和さん、いいんですか?」
「うん。大丈夫」
唯の念押しに笑顔で答える大和。唯の表情が少し綻んだ。古都も同様の安堵は抱いたものの、それでもまだ無残なギターのことが頭から離れない。
「古都のギターはとりあえず預かるよ。しばらく僕のギターを貸すから家ではそれで練習しな?」
「ありがとう、大和さん」
落ち込みつつも謝意を述べる古都に再び笑顔を向けた大和。しかし困ったことに大和にも解決策は未だ見いだせていない。
店に常備されたギターとベースは大和の言うとおり2本ずつあるが、バックヤードにある大和のコレクションや曲作りに使う実用の楽器を合わせるともっとある。大和はその中の1本のギターをしばらく古都に貸す意向だ。
この後、学校を終えた希と美和が合流し心配そうな表情を浮かべたのだが、ひとまずの対応にとりあえずの安堵の表情を見せた。それでも無残なギターを見て2人とも心を痛めている。
練習が終わるとこの日は全員が店に残った。再来週から中間テストなので、試験勉強が本格的になる来週からは忙しくなる。来週末の練習後は残ることができないだろうとの考えから今週は全員が店に残る意向だ。
「そんなに気落ちするなよ。なんとか方法を考えてみるから」
「うん……」
週末の金曜日は山田が来店する可能性が高く、古都はなんと詫びたらいいのか頭を悩ませていた。そんな古都を励ますように大和が声を掛けているのだ。
「山田さんだってちゃんと説明すればわかってくれるって」
「だといいな……」
店内のBGMは切ってあり、店のステージでは美和と希が練習を続けている。古都と唯はカウンター席に座ってレモネードを飲んでいる。既に開店時間を過ぎているが、まだメンバー以外の来客はない。
カランカラン
そこへ来店したのは大工の田中だ。唯が気を利かせ古都の隣を空けると、田中は迷わず古都の隣に座りビールを注文した。
美和と希は演奏を止め、2人分のレモネードを置いて確保してあった円卓に2人して着いた。店内には大和が流し始めたブルースが響く。
「あれ? 古都ちゃん、元気ない?」
「うん、実は……」
田中が古都の様子に気づいたので、古都は無残な姿になったギターの事の顛末を田中に話した。それを聞いた田中が怒りを露にする。
「なんだよ、そいつ。犯人見つけて締め上げてやろうぜ」
「まぁ、まぁ、田中さん」
大和が田中を宥めると田中はビールを一気に煽り、お代わりを注文した。田中の鼻息が荒い。しかしふと田中は思った。
「ん? 待てよ。山田さんからもらったギターってスクワイヤーのテレキャスだったよな?」
「そうですけど、それがどうしたんですか?」
大和が田中の2杯目のビールをカウンターに置くと、考え込む仕草の田中に疑問を向ける。田中は尚も考え込む仕草を崩さず話を続けた。
「俺、スクワイヤーのテレキャスなら1本持ってるぞ」
「古都に譲ってあげたりするんですか?」
半ば冗談気味に笑みを浮かべて聞く大和に、2人のやり取りを見つめる古都と唯。古都も唯も大和と田中の会話に興味を示している。
「いやさ、俺が大工始めた頃に改造したくて色々弄ったんだよ。けどまだ駆け出しの時だったから道具の扱いミスって、ボディーをお釈迦しちゃったんだわ」
「何ですかそれ。ちょっと期待したのに」
「いやいや、それがさ、ネックは生きてんだよ」
「え!?」
声を弾ませたのは大和だ。古都と唯はまだ今一話を把握できていない。
「交換できるんじゃねぇか?」
「いけますね。同一メーカーの同一シリーズなら。仕様が合いますよ」
「本当!?」
次に声を弾ませたのは古都だ。乞うような目を田中に向ける。
「あぁ。ネックの色変わっちゃうけど、それで良きゃ古都ちゃんにやるよ?」
「下さい!」
「なんなら腕のいい技師も知ってるから、修理も安くやってもらうぞ?」
「うぅ……田中さん……」
古都から感動の視線を向けられ、田中が実に誇らしげな表情を見せる。
「いやぁ、まさか俺と山田さんのギターがスワップするとはな。気持ち悪ぃや」
嫌味な言い方をする田中だがその口角は上がっており、満足そうにビールを口に運ぶ。古都は恐縮そうに何度も礼を述べていた。
やがて来店したのは山田で、週末のこの日の来店は案の定であった。古都は緊張しながらも山田に誠心誠意事情を説明すると、山田はその事実を穏やかに受け入れた。それに安堵の表情を浮かべる古都。
「いやぁ、まさか俺と田中さんのギターがスワップするとはな。気持ち悪ぃや」
山田が田中と同じことを言うので、田中は田中で「こっちの台詞だ」と応戦していたが、なんともまぁ仲がいいものである。
そして続々と集まってくる常連客達。メンバーはカウンター席やホールの円卓に分かれて場を楽しんだ。
「のぞみぃ~。練習終わったんなら早く帰って一緒にゲームやろうぜ」
「嫌」
GW以来、希の兄、勝も週末の常連客になったようだ。何とかして希を家に帰そうと説得を試みるが、決まって希はそっけない対応である。全く店にとって迷惑な言い分の客だ。
ただ、酒を飲まない勝が自家用車で来るので、22時に店から出るメンバー達はまとめて勝に車で送ってもらえることになったのは都合がいい。
田中は帰り際にバックヤードに置いてあったネックの折れた古都のギターを大和から預かると、意気揚々と帰って行った。
「一週間くらい時間もらうわ」
そう言い残し、古都のギグバッグを抱えた田中を大和は頼もしく見送った。
やがて閉店時間になると和気藹々とした喧騒はなくなり、店の中でBGMだけが響いた。大和はその中でこの日の片づけを始めた。
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