第六楽曲 第八節
店内に流れるのは洋楽ロック。カウンター席の並びは、店の入り口から一番遠い席から見て、響輝、勝、希、木村、古都である。勝は面識のある2人に挟まれて大人しくしている。
カウンターの中には大和。そこに繋がるバックヤードのドアから唯と美和が何事かと顔を覗かせる。美和は唯から店の騒ぎの連絡を受けて、2階から下りて来ていた。
まずは希が口を開いた。
「お兄ちゃん」
声量は小さくも希の強い口調に勝の肩がビクッと上下する。
「なんで顔を隠してここに来てた?」
「……」
何も口にしない勝。間接照明ばかりの薄暗い店内でチューリップハットを深く被り、淵眼鏡を掛けていたため、面識のある面々は男が勝だと気づかなかったのである。
更に言うと、勝はこの時コンタクトで、希が見たことのない伊達眼鏡を掛けていて、しかもそれが顔を隠すのに十分な淵なのである。この2日間、希や大和や響輝に対しては顔を伏せていたわけだし、効果はあった。
古都が夕方の男だと一発で気づいた理由は、明るい時間に屋外で会ったからである。そして今では迎えの時に見た希の兄とも一致した。因みに2階から下りて来た美和もすぐに夕方の男と勝が同一人物だと気づいた。窓がない夜営業の店内というのは勝の一助となっていた。
「いやさ、希が心配で……」
ガタン、と強めにレモンスカッシュのグラスを置いた希に、またも肩をビクッと上下させる勝。無言の圧力に屈している。勝に疚しいことをしている自覚はあったようだ。尤も、コソコソ動いていたのだからそうに決まっているのだが。
「堂々と来店すればいい」
希の意見に納得する大半の面々だが、古都と美和だけは違った。その古都が木村と希を越して口を開く。
「ストーキングしてたからですか?」
「……」
その質問に黙り込む勝。そう、営業時間内だけ様子を見に来るだけなら客として来ればいい。しかし勝の目的は、合宿名目で2晩も外泊を続ける希の監視であった。勝も仕事がGW休暇中で時間は持て余しているのである。
古都の質問で一同がそれを理解するとともに、大和以外の面々も勝がシスコンであることを悟った。そうなると気まずい思いをするのは木村である。兄の前で妹に鼻の下を伸ばしていたのだから。そんな木村をよそに勝がやっとの思いで言葉を繋いだ。
「営業時間外は店内に入れないから、買い物に出た2人の後を付けたんだよ。そのうち1人は希を迎えに来た時にいた子だったから」
大和が運転するハイエースで合宿の迎えに行った時、美和は最後だったので希の家に行っていない。勝が言っているのは古都のことだ。
「そしたら大和狙いがどうとか、寝室がどうとか、大和のベッドで寝るとか何とか聞こえてきて……」
お叱りを受けた子供のようにうな垂れて話す勝。確かに、希はお叱りの目を向けているのだが。しかし1名、勝の言っている意味を理解できないのは鈍い大和である。
「大和からは女子の寝る場所は倫理感に則って確保してあるって聞いてたのに、実はそれは嘘で、夜な夜な女の子をはべらしてんじゃないかと思って。その中に希がいるなんて考えたらいてもたってもいられなかったんだ。だから声を掛けた」
呆れているのは大和と響輝だ。そんなことになっていればこの作品はノクターン掲載である。2人は揃って頭を抱える。そもそも大和にそんなことをする度胸はないし、響輝も大和の人間性は理解している。
一方顔を真っ赤にして伏せるのは唯で、その脇に納得顔の美和がいる。二人とも心当たりがあるのだ。そして半分は間違いじゃないと納得しているのが古都と希だった。そこに口を挟んだのは木村で怪訝な表情を向ける。
「大和は店で、女の子達が大和の部屋で宿泊してるって聞いてるけど?」
「そうですよ。僕は店の控え室で寝てますよ」
今にも溜息が出そうな大和は木村の質問に自己弁護で答える。すると勝の顔が上がり、大和を向いた。
「それ本当か?」
「本当ですよ。だから言ったじゃないですか。寝床はちゃんと分けてるって」
「同じ家の中で、寝室を分けてるだけかと思ってたんだよ。だから
更に頭を抱える大和。どんなハーレム状態だと言うのだ。そもそも盗み聞きの自覚があるのならそれをまずは正してほしい。それに盗み聞きした会話だが、寝室に忍び込むのは大和ではなく、女子達だ。女子達が寝室の取り合いをして、更にはベッドに潜り込んでいるのである。
「そんなことはしてないから安心してください」
大和はドッと疲れた表情を隠さず勝に言った。それを聞いて勝も心なしか安心したようである。すると響輝がドリンクグラスを一度置き、勝に向いた。
「何なら明日勝さんが合宿サポートします?」
「え?」
「俺も合宿中ギターを教えるのを手伝ってんすよ。けど明日は用事があって無理なんです。勝さんギターできるしどうかと思って。――なぁ? 大和」
「うん、まぁ。勝さんがいいのなら」
「やる!」
ずっとうな垂れていた勝の背筋が伸びたのだが、そこへすかさず「ちょっと、止めてよ」と希が口を挟む。それに不満げな……いや、希が嫌がる意図を理解できず、怪訝な表情の勝。
「なんだよ、希?」
「わざわざアニメも漫画もゲームもない合宿に出てきてんのに、なんでここでまでお兄ちゃんと一緒じゃなきゃいけないの?」
『……』
この一言に一同唖然である。希がドラムの練習時間を削ってまで合宿に参加した理由の一端と、自宅でこの兄妹がどのような感じなのかを垣間見た気がした。と言うか、その不満は漫画やアニメのDVDを持ち込めば解消されることなのだが。
「まぁまぁ、希。大丈夫だから」
「なにが?」
希を宥めようと口を挟んだ大和だが、その希から攻撃的な返答をされてしまって一瞬怯みそうになる。しかし気をしっかりと保ち、ステージとバックヤードを交互に指差した。
「わかった。大和さんが言うなら従う」
それに一応の納得を示した希は手元のレモンスカッシュを口に運び隣の勝に対してそっぽを向いた。
「やった、明日から俺も合宿参加な」
「今のうちに夢見てれば?」
希がそっけなく返すのはいつものことで、勝にとってももう慣れたものである。その希の態度に気にする様子もなく勝は大和に質問を向けた。
「俺は希と寝室一緒だよな?」
「は!?」
「……」
突拍子もない発言に思わず声を張る希と、対して声を失う大和。カウンターの面々は皆一様に苦笑いだ。バックヤードの美和と唯は男の存在に若干引いている。
「お兄ちゃんは1階で寝てよ」
「なんでだよ?」
「寝る部屋2室しかないから2人ずつに分かれてんのよ。メンバーを危険に晒すわけないでしょ。それにもう一人なんて寝るスペースない」
「ちぇぇぇぇ、わかったよ」
不満顔ながらも一応の納得を示す勝だが、そもそもこの希の意見、大和のベッドに潜り込んで寝床を空けていたことを棚に上げている。どの口でそんなことを言うのか。とは言え、倫理的には良しとすべき意見だろう。
「あの……」
そこへ大和が遠慮がちに口を挟む。若干顔が引き攣っている。
「勝さんは帰ってください」
「は!? さっき合宿参加いいって言ったじゃん」
「それはいいですよ。だから明日の朝ここに来てください」
「ちょ、なんでそんな冷たいこと言うんだよ」
「僕、閉店後も店の仕事はあるんですよ。その間、ずっとここにいるつもりですか? それはさすがに気が散ります」
「じゃぁ、その間は2階にいるから」
「ダメ!」
強い口調で勝の意見を押し返したのは希でよほど2階に勝を上げたくないらしい。それもそのはず、家でのスキンシップをもし迫られたと思うとぞっとするのだ。そんな姿をメンバーに見せられるわけがない。
この後いくらからの押し問答を経て、結局勝は一度帰って翌朝来ることになった。
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