第五楽曲 第三節

 週中、平日の割には賑わうゴッドロックカフェ。この日、古都、希、唯の3人は揃って来店していた。


「大和さん、私と唯はバイトして楽器買います」

「ほう、頑張れよ」

「また他人事……ふんっだ」


 大和の感情のこもっていない返答にそっぽを向く古都。その様子を見ていた機械系工場員の山田が続く。


「まぁまぁ、古都ちゃん。俺と一緒に飲もうよ」

「はい、飲みましょう」


 希は建設会社次期社長の木村に絡まれている。相変わらず無愛想ながらも内心はそれほど嫌がっておらず、店の雰囲気にももう慣れたものだ。


「今度一緒にご飯行こう?」

「確実に補導されます」

「まぁ、そうだな……」


 大和は希が即答で断ったこと、木村がちゃんと納得したことに安堵した。そんな予定を組まれては店が如何わしい斡旋所になってしまう。

 唯は住宅メーカー営業マンの高木に隣を確保されていた。


「ベース始めるんだって?」

「あ、はい。まずは買ってからですけど」

「じゃぁ、買ったら俺が教えてあげるよ」

「ありがとうございます。あ、でも、先生がいるので……」


 唯は大和をチラッと見るが大和は我関せずと言った感じでドリンクを作る作業を始めた。大和も高木同様、元ベーシストだ。唯は大和からの直接指導を期待していた。しかし反応しない大和。


 大和は店の様子を見ていて思う。女子高生3人はあくまで客であって接客をするキャストではない。だから風営法上は問題ない。――尤もではあるが、あくまで大和の心の叫びだ。ただしかし、女子3人のおかげで店が賑わうことは喜ばしく、この雰囲気もあながち嫌いではないと、大和は思っていた。

 大和はこの日、自身が提供した曲が正式に通ったとジャパニカンミュージックの吉成から連絡を受けていた。加えて後日、編曲の依頼もしたいと相談を受けていた。それが何週間後か、はたまた何ヵ月後の話になるのかはまだ定かではないが、作曲家、アレンジャーとしての順調なスタートに気分が良くもあった。


「大和さん、楽器揃えたら教えてくれます?」


 ふと古都が大和に目を戻し懇願の表情を向けた。


「ん? まぁ、そうだな。本当はある程度弾けるようになってからと言いたいところだが、楽器を持ってればまともなメンバーと言えるか」

「よし。じゃぁ、唯。早くお金貯めて買うよ」

「そうだね、古都ちゃん」


 そのやり取りを微笑ましく見る常連客達。やっと具体的に教える目処が立ったこと、この客達が大和の発言の証人である。


 その頃美和は自宅にいた。夕食を済ませ片付けも終えて、いつもならギターに触り始めるところだ。しかしこの日はちょうどそのくらいのタイミングで母親が帰って来たので、食卓に母親の分の食事を並べ、自分も席に着いた。


「どうしたの? 私の食事の見学?」


 帰宅時間からどうしても子供と一緒に食事が取れない母ではあるが、美和が畏まっている様子はわかる。少し茶化したものの話を聞く姿勢はできていた。


「バイトをしようと思って」

「あら、なんで? お小遣い足りない?」

「ううん。ギターを本格的に始めたいの」

「ギターを?」

「うん」


 母の優しい視線を美和は真っ直ぐ見据える。ゴッドロックカフェに出入りする3人の女子を見掛けてから、ここ2~3日学校で追ってきた。追ってきたと言っても目と耳で追う程度だが。

 彼女達が自分を仲間に加えてくれるかはわからない。それでもあの店に行けば一歩前に進めるのではないかと期待してしまう。誰か違う人との出会いがあるのかもしれない。その出会いが父から譲り受けたエレキギターを表舞台に立たせることができるかもしれない。

 美和はそんな期待を抱きながら、そして母は少しの間を開けてから口を開いた。


「いいわよ。家のことは気にしないで」

「いいの?」


 美和は声を弾ませた。母の人柄を考えれば予想できていた回答ではあるが、やはり直接耳にすると歓喜する。


「えぇ。美和は今までよくやってくれたわ。詠二ももう中学生だし」

「ありがとう。晩御飯はできる限り朝のうちに作って冷蔵庫に入れておくから」

「そこまでしてくれるなら十分よ」


 どの道美和は朝起きてから自分の弁当を作っている。その時に夕食のおかずは作っておけば良い。そう考えて早速スマートフォンでアルバイトのネット検索を始めた。


「お父さんが死んでから初めてかしらね」

「え?」


 美和はスマートフォンを手にしたまま顔を上げた。スマートフォンの画面はアルバイト求人サイトが開かれている。


「美和が歳相応に喜んでくれたのは」

「そ、そうかな」

「そうよ。今まで肩に力が入ってて、やりたいことの一つも言わないし、欲しい物も言わないから心配してたのよ」


 美和は照れて俯いてしまった。


「ちょっと安心したわ。今はまだ子供でいいのよ。楽しみなさい」

「うん」


 美和の心が軽くなった。家に縛られていたとか、義務感でやってきたつもりはない。それでも自己主張をしていいのだと、安心感に包まれた。


 女子3人が帰ったゴッドロックカフェ。閉店まで30分ほどとなった頃の時間。店には遅い時間に来た河野と響輝が残っており、2人の会話が響く。流れるBGMはブルースを奏でており、渋い雰囲気を醸し出す。


「河野さん元気っすね。明日も仕事っしょ?」

「あぁ。とは言っても俺は引退間近の代表だし、実働は若い者に任せてんだわ」

「つまり重役出勤ですか?」

「そんな感じだ」


 河野はブランデーを傾けながら声を出して笑う。その会話に割って入る大和。


「響輝こそ明日も仕事だろ?」

「余裕、余裕」

「まぁ、響輝は若いからな」


 ブランデーをカウンターに置きながら言う河野。その河野は大和に目を向けた。


「彼女達、楽器揃えたら教えるんだな?」

「まぁ、そういう約束しちゃいましたからね。部活のような感覚ですよ」

「はっは。ずぶの素人を教えるのは大変だぞ」

「でしょうね。本当にいつ楽器を揃えてくるか不安です」


 大和は苦笑いを浮かべながら河野に出してもらったカクテルを一口運ぶ。喉を通過するアルコールが熱を帯び、大和の背中を叩くようだ。すると響輝も大和を向いた。


「しっかし、古都以外の2人は大人しい感じなのによくこんな賑やかな店に通うよな」

「本当それだよ。ただ、賑やかって言ってもそれは古都が来るようになってからそんな雰囲気になったんだけどな」

「昔も色は違うけどうるさい店だったぞ?」

「そうなんですか?」


 その河野の発言に大和に続き響輝も意外そうな表情を向ける。


「あぁ。それこそこのくらいの時間だよ。山田とか田中とかもまだ若い頃でな。酔っては店の楽器を引っ張り出して勝手にステージで演奏初めてよ」

「なんかそれ、最近のみんな見てると光景が浮かびますね」


 響輝がクスクスと笑う。大和もそれに笑みを浮かべる。


「まだお前達が小学生くらいの時かな」


 大和と響輝が小学生の頃と言えばまだ楽器に触っておらず、この店にも寄り付いていなかった。中学入学直前に2人は楽器を始めたので、稀にこの店に顔を出すようになったのだ。そう考えれば彼女達は学生時代からこの店に通う大和と響輝の後輩のようである。事実、高校の後輩には当たるのだから、それが感慨深く、そして大和はおかしくもあった。


「爺さんの代から少年少女を受け入れることまで引き継いでしまったな」

「まったくですね」


 河野に言われて納得する大和。そう言えばそうである。当時中学生だった大和と響輝を受け入れてくれたこの店。それは高校、大学に進学してからも続いた。最近来ている彼女達が売上げに貢献している以外にも来店の意味はあるのだと感じた。やはり音楽をやりたいと思っているのだから。

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