第三楽曲 第二節
まだ他に誰も客がいない店内。古都はそのカウンター席でレモネードを飲んでいる。もうこれで3日連続の来店だ。因みに昨日も常連客に奢ってもらったのだが、古都の場合は席料とソフトドリンクなのでそれほど大した金額ではない。
「よく、毎日来るな。親は何も言わないのか?」
「うん。23時までに帰れば文句は言われない」
「まったく」
大和のこの嘆きはいつの間にか古都の口調がタメ口になっていることによるものだ。とは言え、相手は客だから何も言うまい、というのが大和の考えである。そして相変わらずのコンプライアンス重視には感心する。
大和は古都を客としては見始めてはいるが、音楽を教える気は更々ない。古都の単価は低くても客を集めてくれるのでもう上客だと割り切り始めているのだ。だから来店自体は歓迎の気持ちを持っている。
「で? 実際はどうなんだよ?」
「何が?」
「メンバー集め」
前日は古都が強がって答えていたことを見抜いている大和。実際の進捗状況を聞いているのだが、音楽を教える気が更々ないのに何とも意地悪な質問である。古都の頭の中に昨日から自身が付き纏っている希が浮かぶ。
「順調です」
「昨日もそう言ってたな。その割にメンバー連れて来ないんだな」
「ふんっだ」
古都はふんだんに拗ねた表情を作り、そっぽを向いてレモネードを口に運んだ。その様子を大和はクスクスと笑いながら眺めていた。
カランカラン
ドア鈴の音に大和と古都が目を向けると入り口を通過してきたのは響輝だった。響輝は席に向かいながらもジッと古都を見据える。
「だ、誰?」
響輝は古都を認識していない。常連客のグループラインには入っているが、ろくに確認していなかったのだ。だから最近古都が寄り付いていることを知らなかったのである。
「えっとな――」
「大和さんの彼女で備糸高校一年、雲雀古都です!」
大和の言葉を遮った古都は胸を張って満面のドヤ顔である。がしかし、古都はすぐに気づいた。
「あぁぁぁ! HIBIKIさんですか?」
「えっと……、なんで知ってんの?」
「クラソニのファンです!」
「そ、そっか……」
古都が言う「クラソニ」とは大和と響輝が組んでいたバンド、クラウディソニックの愛称なのだが、響輝も昨日までの大和同様、ハキハキとした古都に気圧されていた。そして大和が高校生にかまけているのか? と頭に疑問符を残しながら古都から一席空けてカウンター席に座った。
「なんで隣に座ってくれないんですか!?もう……私が移動します」
響輝の行動を見た古都は強く言って、古都が響輝との距離を詰めようと席を一席移動した。せっかく響輝が疑問符の後に一マス空けたのに、席を詰めては文章作法の指摘が来るではないか……。もちろん響輝は苦笑いである。
「元気な子だな」
「はい! それだけが取り柄であります!」
大和はまだ出会って3日の古都の元気だけが取り柄だという主張に対して「確かに」と納得していた。そんな2人の掛け合いを見ながら響輝の注文を確認した。
「ビールでいいか?」
「おう、頼むわ」
大和は手を動かし始め、グラスをビールサーバーに当てた。そしてずっと大和の頭にあったこと。まずは否定をしなくてはいけないことがある。
「鵜呑みにすんなよ」
「何が?」
大和の響輝に向けたその言葉に響輝は全く理解できず聞き返した。古都に気圧された響輝は一度抱いた疑問を既に意識の外に飛ばしていた。
「彼女じゃないから」
「ガーン!」
大げさにテーブルに突っ伏す古都に響輝は失笑するが、大和は3日目にしてもう慣れたものである。満タンになったビールグラスを何事もなかったかのように響輝に差し出す。
「お互いの認識は違うようだな」
そう言って響輝がビールを口に運ぼうとしたから、古都が慌てて響輝のビールグラスに自分のグラスを合わせた。おかげで一度上げたグラスを響輝は慌てて下げたわけだが。大和は響輝の言葉に呆れた顔を見せていた。
「で? 高校生がここに何しに来たわけ?」
「はい。大和さんに軽音楽を教えて欲しくて!」
一度ビールグラスを置いた響輝の質問に古都ははっきりと答えた。それに大和が補足をするように繋いだ。
「備糸高校の軽音部に入部したかったらしいんだけど、今年度から部員不足で廃部になったらしいぞ」
「そうなの!?」
「やっぱり聞いてなかったか。それで行き場をなくした子猫ちゃんが長勢先生からこの店を聞いて寄り付いてるわけ」
「あぁ、そういうこと。つまりこないだ先生から生徒が来るって電話はこれだったのか」
響輝が納得したようにビールを口に運ぶ様を見ながら、大和は「うん」と言って肯定した。響輝はビールを置くと質問を続けた。
「そうは言ってもなんで大和に教えてくれって打診なんだ?」
「クラソニのファンだからです!」
これには古都が元気に答えた。今、古都の目の前には大和の他のもう1人の作曲担当、響輝がいる。そうなると……。
「本当は……超絶イケメンの大和さんがいいんですけど……もう1人のクラソニの曲を作ってた響輝さんでもいいですよ?」
「すげー、上から目線だな」
大和が呆れて言うが、響輝は苦笑いを浮かべていただけだ。そもそも大和は容姿に優れているわけでもないのにとげんなりしていた。
「つまりバンドとしては憧れてるけど、メンバーは大和一推しってことだろ?」
「違います! 私は大和さんを愛しているのです! これほど素敵な殿方は他にいません!」
再び古都のドヤ顔である。これには大和は照れてしまって後ろのボトル棚を向き、手を動かして仕事をする振りをした。その様子を響輝はクスクスと笑っていた。
その夜、希の自宅の希の部屋で希は兄と一緒に漫画を読んでいた。そして美少女ヒロインが綺麗に描写されたページを見つめて呟いた。
「バンドか……」
「ん? 何か言った?」
希の兄、勝が希の声に反応し、一度漫画を下ろした。つまり希にとって美少女が古都と重なったのだ。
「あ、ううん」
希は何事もなかったかのように取り繕ったのだが、やはり漫画の内容が頭に入ってこない。古都に付き纏われたこの2日間を思い出す。あんな人種は今この部屋にいる勝以来だ。その勝は特に気にすることなく漫画に目を戻した。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「軽音楽ってわかる?」
「うん。そりゃ、やってたから」
「え!?」
希は驚いて声を上げたのだが、その声に勝も驚いて漫画から目を離した。希からしたら勝が楽器を持っていることを認識していないし、演奏しているイメージもない。勝からしたら何故驚かれるのかがわからない。
「楽器持ってないじゃない」
「この家に引っ越してくる時に処分したから」
「いつやってたの?」
「大学一年の時まで。ギターをね」
「……」
「え? 何? 希、軽音楽に興味あるの?」
「……」
希は何も答えず漫画を下ろし、勝を見据える。その勝は希からこれほど見つめられることがないので、照れている。
「えっと……、ドラムがどんなものかと思っただけ」
「は!?」
「なんでそんなに驚くのよ?」
「その体でドラムやるの?」
ムッ。
希は一瞬で込み上げてくるものを感じた。小柄なのは自覚しているが、体格をバカにされているようで気に入らなかったのだ。
「私は和太鼓の経験者よ?」
「そうなの!?」
希は勝に和太鼓の経験を話していなかった。親しくなってまだ数カ月なのだから無理もないのだが。希が話を続けようとしないので勝が言葉を繋いだ。
「で? 希はドラムをやるの?」
「……」
希は何も答えず漫画に向き直った。もう何も答えてくれないと悟った勝は話題を変え、希に膝枕を要求するのだが、これを全力で拒否された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます