第三楽曲 第一節
つぶらな瞳にミディアムヘアーを真っ直ぐに下ろし、ブレザーの制服を着た女子高生。希の目には二次元のヒロインクラスのキャラクターが現実に出てきたように写っている。しかし驚きとは裏腹に希は表情を変えない。
「誰?」
希が短くそう言うから、相手からしたら不機嫌だと思うかもしれない。しかしその相手である天真爛漫な美少女がそれを意に介すことはない。
「私は1年2組の
「
古都は既に希が備糸高校の生徒であることは掴んでいる。この時希も備糸高校の制服を着ていたから。
「クラスは?」
「1年4組」
「良かったぁ、タメで。私、敬語ってあんまし得意じゃないんだよね」
無邪気に笑う古都とは対照的に表情を変えない希。内心では、タメで良かったとか言いながら、どうせ童顔だから高校の制服を着ていなかったら中学生にでも見えたのだろ、と思っていた。これは正解である。だから古都は希が1年であると予想して声を掛けたのだ。
「ねぇ、ねぇ。良かったら――」
希は古都の言葉を聞こうともせず、通学鞄を引っ手繰るとその場を離れた。
「ちょっと。話聞いてよ」
慌てて古都が追うが、希は歩を止めずゲームセンターの外に出た。二次元のヒロイン並みの容姿を持つ古都に興味を惹かれないわけではないが、面倒くさそうな奴という本能の方が希に強く働いていた。ちなみにこれも正解である。
「ねぇ、ねぇ。お茶しない?」
屋外で希の横に並ぶと古都は希を誘った。希はそれに何も答えない。
「ねぇ、のんちゃんってばぁ」
ギロッ
希は古都の言葉に反応して歩を止めるとそのまま古都を睨んだ。
「馴れ馴れしい」
素っ気無くそれだけ言うと希は再び歩を進めた。呼び方が気に食わなかったのだ。ただ、そんなことを言ったところで、古都には堪えないのだが。古都はこの先の道中も希に声を掛け続けたわけだ。
希は言葉を返すことなく進み、バスに乗って自宅まで帰った。古都がバスの中まで付いて来なかったことに安堵する。
行き場を無くした古都は仕方なく家に帰るのだが、着替えて夕食を済ませるとすぐに外出した。向かった先は電車で2駅のゴッドロックカフェである。この日はちゃんと開店後の19時を少し過ぎたくらいの時間に着いた。
「いらっしゃ――」
ドア鈴の音で来客に気づいた大和だが、その相手が古都だと気づいた瞬間、言葉を止めてしまう。
「私、お客さんですよ? 迎える挨拶はちゃんと最後まで言って下さい」
「きちんとお金をお持ちのお客様で宜しかったですか?」
「ちょっと。その言い方」
大和の嫌味な言い方に膨れた顔を作って古都は店内に進むと、大和の案内もないうちに入り口から一番遠い席に座った。まだ店内に古都以外の客はいない。BGMの洋楽ロックが渋い雰囲気を作る。
「何飲む?」
「レモネード」
「はいよ」
大和は古都の注文を聞いてカウンターの下に身を入れ、レモネードの材料を冷蔵庫から取り出した。
「今日も来たんだな」
「今日も来てくれたんだな……の間違いじゃないですか?」
「いらっしゃいませ」
「やっと言ってくれた」
大和は手を止めず古都と言葉を掛け合う。レモネードはすぐに完成した。
「はい、レモネード」
「どうも」
「メンバーは集まりそう?」
「もう順調の順調ですよ」
たった1日でめぼしいメンバーが集まるはずもなく、大和は意地の悪い質問をしたのだが、古都はこれに目一杯強がって答えるとレモネードを口に運んだ。
「私服、意外とカジュアルなんだな」
「どういう意味ですか?」
「もっとキャピキャピした格好をするかと思ってた」
「抽象的過ぎてわかりません」
この時古都はデニムのロングパンツにゆったりしたフード付きのパーカーを着ていた。人並みに着こなす方ではあるが、普段からお洒落をするのは面倒だと感じる古都は楽な格好を好むのだ。大和が抱く古都のイメージでは可愛らしいワンピースであった。
「ゴッドロックカフェなう」
古都がスマートフォンを触りながら言葉を発するので、大和は何をしているのだろうと思い、古都に聞いた。
「何やってんだ?」
「常連さんのグループラインに入れてもらったんで、グループトークに書き込みを」
「……」
大和は既に古都が常連客達と連絡先の交換をしていたことに唖然としていた。古都は口にしたことをそのまま書き込んでいたのだ。
そうすると程なくして集まってくる常連客達。昨日同様、和気藹々とした雰囲気になった。
「渋い感じの店はどこにいったんだろうな」
「なんか言ったか?」
大和の呟きにその時正面にいた客が反応する。大和は「いや」と言って作業の手を進めた。シックな内装の店に渋い客達。そこに古都が加わっただけでこんなにも雰囲気が変わるのかと大和は感じていた。
翌日、古都は早速朝から希の教室に顔を出す。始業前のわずかな時間である。
「のんちゃ~ん」
廊下から教室に身を乗り出し、声を上げる古都。容姿に劣らぬ綺麗な声である。教材を鞄から机に入れ替えていた希の耳にもしっかり聞こえていたが、「無視、無視。気のせい」と希が廊下に目を向けることはなかった。
希が何の反応も示さないので古都は予鈴を耳にして諦めて引き下がるのだが、これに安堵したのが希である。
しかし昼休みになると弁当を片手に希の教室にやって来た古都。希は玲子の弁当を断り購買で昼食を買っていた。この日も同様で、メロンパンとサンドイッチにグレープフルーツジュースを買って教室に戻って来た……のだがすぐに頭を抱えた。
「なんであんたがいるの?」
希は自分の席に近づくなりぶっきら棒に古都に言った。古都は希の隣の席から椅子を拝借しており、希の机で弁当を広げている。
「なんでって、のんちゃんと一緒に食べたかったから」
まったく意に介さない古都はそれだけ答えると箸で摘んだから揚げを口に運んだ。希は一つ深いため息を吐くと自分の席に座った。
「誰とも一緒に食べないの?」
古都の質問に答えず、サンドイッチのビニールを裂く希。まだ入学したばかりで、希に親しくしている生徒はいない。尤も、希は積極的に人に歩み寄る性格ではないので、中学時代も専ら受身であった。
「で? 昨日の放課後から付き纏って何の用なわけ?」
相変わらずの冷ややかな言い方を古都にぶつける。しかし古都はやっと希の口から話を進められる意思を感じたことに、顔全体で喜びを表現し、希に向かって身を乗り出す。
「一緒にバンドやらない?」
「は?」
今正にサンドイッチを食べるために開けた口でそのまま声を出した希。希の手の中で行き場をなくしたサンドイッチは希の胸の前で止まっている。
「バンドだよ、バンド」
「……」
「軽音楽。今メンバー集めに奔走中なの」
「奔走中っていつから?」
言葉に詰まっていた希だが、そして特に古都の話に興味もなかった希だが、あまりに予想外の打診で、最初に返した言葉がこれである。
「昨日から」
「…」
希の頭の上を三点リーダーがゆっくりと歩を進める。
「もしかして太鼓のゲームをやってたからって理由だけで誘ってるの?」
「そうだよ」
「……」
今度は三点リーダーが文章作法よろしくと言わんばかりに2つ並んで希の頭の上をゆっくりと通過する。
「断る」
「えぇぇぇぇぇ」
口を富士山の形にして顔全体で落胆を示す古都。眉はハの字である。
「何でよ?」
「興味がない」
相変わらずの素っ気無さである。希は黙々と食事を進めた。そして始まるのは無口な希に対する古都の熱いトークである。
市内のロックカフェが備糸高校軽音楽部OBの経営する店だとか、そのOBが以前組んでいたバンドがいかに尊いバンドなのかとか、つまり後半は大和にも熱く語った内容である。それを希は今日のBGMに昼休みを過ごしたのだが、右から左であった。
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