監査人事の謎を解け
「柳井、いる?」
ミーティングルームの奥の奥、部長席には書類片手に仕事している素振りの部長サマ、柳井健太郎。上に3年がいたときは全然目立たなかったのに、部長になった瞬間偉そうになったからまあムカつくよな。
柳井と言えば、宇部班のPだった。それがいつどうやって部長にまで上り詰めたのか。あのクソ日高に取り入って気に入られなきゃほぼほぼ他所の班の人間がそのポストをもらうなんて不可能だったはずだけど、世渡りは無駄に上手いっつーことかね。
「……戸田か。何の用だ」
「浦和茉莉奈、ウチの班でもらうから」
「好きにしろ。もう関係はない」
「あっそ。それで班異動届出したいんだけど、異動元班長のハンコちょーだい。あと新しい監査って誰なの?」
「判子は今押そう。しかし、監査が誰かは部長である俺にも知らされていない」
「はあ? ふざけんな、部長のお前が知らないワケねーだろ」
「知らないと言っている。むしろ俺も班異動届を出したいのに監査が誰かわからなくて困っているところだ」
放送部では、諸々の書類の手続きなどの仕事は監査が行っている。前の監査は宇部恵美、その前は萩裕貴とまあ見るからにインテリ官僚っぽい連中がやってきてたよな。で、班の異動なんかも書類を提出する必要があって。
柳井に喧嘩を売って班を飛び出してきたマリンが、何やかんやでウチの班に来ることになった。それで書類を出そうとしたら仮にも部長が新しい監査が誰だか知らない? いやマジでふざけんじゃねーよって。
「監査って役職が無くなったワケじゃないんだろ?」
「無くしたとは聞いていないし、監査席に置いてある書類ケースの中身は知らない間になくなっていたりする。誰かが俺の目にも届かないところで密かに仕事をしているのだろう」
「不審者の侵入の可能性は?」
「そんな物騒な」
「先代の話になるけど、それでウチの班結構やられてっからな。秘密裏に作られてた合鍵で夜中のうちに小道具壊されたり盗聴器らしきものを仕掛けられてたり」
「そうか。では守衛に相談して部屋の鍵自体を取り換えることも検討しよう」
「いや、それはいいけどそうじゃねーんだよ」
「お前、部長に対する態度かそれが」
「現時点でお前が何を成し遂げたよ。お前が何らかの成果を出したらそれ相応の態度を見してやるよ」
部屋の鍵を変えるのは今までに作られた合鍵を無駄にする意味でも効果的にしても、アタシと柳井が困ってるのは監査は誰だ問題であって。監査の正体が掴めないことには書類の提出がままならない。
それでなくても部長やアタシたち流刑地、言い換えればインターフェイスとの窓口は書類提出や会議の報告をしたりする機会が多い。いつまでも主の居ない監査席の箱に書類を投げてばかりもいられないのだ。
「つかさ、アンタ現部長な上に宇部班だったんだから先代の監査に聞いたりしないの?」
「仕事をする上で困らなかったからその発想にはならなかった」
「じゃあ今聞け」
「いや、実は先日文化会の抜き打ち査察の時に聞いたがはぐらかされた」
「あの人何考えてんだマジで」
「ああ見えて案外畑と漬け物の心配しかしてないときもあるからな」
「あー、朝霞サンは知ってっかな」
「流刑地にそんな情報が届くか」
「水面下で何かあるに賭けんだよ」
うだうだ言うよりまずアクション。朝霞サンに電話をしてみると案外すぐ出た。今日はバイト入ってないんだね。そして本題へ。放送部の新しい監査を知っているかどうか。
「――ってワケなんだけど、宇部サン何か言ってなかった?」
『ああ、監査だったら白河に引き継いだっつってたぞ』
「はあ!?」
『監査の性質上、幹部寄りでも反体制派でもない人間に引き継ぐのが一番いいって言って。4月になるまでは大っぴらにするなとは言ってあるらしい』
「マジかー……盲点だったわ。朝霞サンあんがと、今度レッドブル奢る。はーい、じゃーね」
「戸田、わかったか」
「柳井、新しい監査、白河だって」
「白河? 永世中立班のミキサーか」
「お前、まさかパートで差別して下ろすとかしないよな」
「まさか。俺は前部長よりはミキサーやディレクターの重要性を理解している。が、お前の態度は気に入らない」
「言ってくれんね。別に、お前をどうこうするとかに興味ないんだよ。流刑地とかディレクターの班だからとかいう理由で不当にステージの機会を奪ってくれるな。枠は実力で勝ち取ってやる」
偉そうな態度や流刑地を見下すのが気に食わないにせよ、柳井がクソ日高よりクソなことはさすがにないだろう。日高班の残存勢力にさえ気を付けてれば問題はなさそうだ。
ひとまず、班異動届は柳井に出しとくことにした。何か、柳井もどっかの班から誰か引き抜いて来たみたいだしその異動届と一緒に出しといてくれるらしい。で、未だ見ぬ監査に「部長とインターフェイスはもう動いてんだぞ、こそこそしてんな」と圧をかけるそうだ。
「うわ、圧かけるとか部長の権力こっわー」
「監査がいないと開かない扉がまだあるんだ。例えば、そこの戸棚とかな」
「ちなみにその鍵が設置されたのも日高絡みらしいよ」
「……あの糞が…!」
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