思い出の質を一段上げて

「果林先輩、見てください」

「机だ! こたつ机!」

「こたつ布団は来シーズン買う予定で、とりあえず机を買いました」


 ないものだらけだった俺の部屋に、とうとうこたつ机が来た。今までは、机と呼べるものはパソコンデスクしかなく、簡単にご飯を食べたりするようなローテーブルはなかった。

 1人だけでいるならそれでも全然問題はなかったんだけど、案外人の出入りが多いこの部屋では、机がないということが結構不便な理由として挙げられていて。みんなで集まってもご飯を食べるのに不便だったり、鍋が出来なかったり。

 そこで、日雇いの派遣でアルバイトも少ししてお金に余裕も出来たことだし、と大きな買い物。大きな、というのは物理的に。この部屋にいることの多いエイジにも買い物と組み立ては手伝ってもらった。


「すごーい、机だ。でもまだ広いね」

「そうですね。机を置いても案外イケました」

「エージなんか喜んでるんじゃない? 地べたにお皿置かなくてよくなって」

「そうなんですよ。こないだ果林先輩からお皿もらったじゃないですか。それもすごく喜んでて。机にお皿を置いてご飯が食べれることに感激してましたね」


 皿を使ったら洗うのが面倒だからという理由で、トーストを食べるくらいなら紙皿を使い回していた。だけどエイジはそういうのを結構気にする方で、皿を使えと言われ続けること数ヶ月。

 それでなくても机を買う前はお盆やお風呂に置くようなシャンプー台の上の部分を取って机代わりにしていたから、それはもう食卓とは到底呼べないような貧相な造りで。今から思えば簡易的なローテーブルがなかったのも不思議だ。

 ちなみに、ノートパソコンを1台置いたら終わりそうな簡易的な折り畳みテーブルも伊東先輩から譲ってもらった。机では足りなくなりそうなときに出て来るか、床で寝るときのサイドテーブル的な感じで出て来るような気がする。


「あっ、そうだタカちゃん」

「はい」

「あの、これ。机のお祝いと言っては難だけど」


 そう言って果林先輩が俺に差し出してくれたのは、パンまつりのシール台紙だ。もちろん、台紙には25点分のシールがびっちりと貼られている。枚数を数えれば、軽く10枚くらいはあるだろうか。

 エイジとも話していたんだけど、インターフェイスの1年生で集まろうかってなった場合にミドリの部屋を今まで通りに使うのかという問題が出て来た。ユキちゃんと付き合い始めて、いろいろあるだろうし。星港市内に住む者として、覚悟はしておけと。

 そう考えるとお皿が10枚というのは何気に心強い。先にも2枚もらってるし。問題は収納場所だけど、その辺はきっとエイジが何とかしてくれると思う。うちの台所のことは俺よりエイジの方が把握してるから。


「果林先輩、せっかくですし何か食べますか?」

「それじゃあ、カルボナーラにしよっか。夏に食べたりっちゃん直伝のさ」

「あ、いいですね。でも材料はあったかなあ」

「何か食べることは見越してちゃんと買って来てるから」

「あ、そうだったんですね」


 そして果林先輩が台所に立ち、カルボナーラのソースを作り始めた。時折、何がどこにあるのという声にはどこかにはあると思いますと返して。本当に自分の部屋なのかという感じだけど、本当にそうとしか答えられないから。

 しばらくして、フライパンいっぱいのカルボナーラが出来上がった。パンまつりの皿に盛り付けられていく2人分のそれ。皿の上で麺がそれらしくなっていくのを俺はコーヒーを淹れながら眺めていた。

 机の上には、湯気を立てるカルボナーラとコーヒー。温玉とブラックペッパーも忘れない。ただ、果林先輩の分は皿からはみ出そうなほどに盛られていて。夏は確かフライパンのまま食べていたように思うから、これでもちょっとした進歩か。


「それじゃあ、いただきまーす」

「いただきます。ん、おいしいです」

「でしょ? アタシ食べる専じゃなくて一応料理も出来るんだからね」


 床に直接皿を置くよりは、ずっと食べやすいしそれらしい。それに、果林先輩お手製のカルボナーラはとても美味しい。不思議と、新しい生活が始まったなっていう感じもする。

 この机は冬にはきっとこたつとして使うことになるだろう。スイッチはいつ頃から入れるのかとか、こたつとして活用する場合にどうやって健全な社会生活に復帰するのかというコツはぜひ高崎先輩に聞いてみたい。


「あの、果林先輩」

「うん、どした?」

「せっかくですし、思い出繋がりでもう1回アレを食べたいなあと。クリスマスの時の、ぐりとぐらの」

「あっ、カステラホットケーキ?」

「はい」

「いいねえ、焼こうよ」

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