水辺の導火線

 バイト先が年度末の繁忙期に入って、朝から晩まで働き詰めの生活。俺は働けるなら働けるだけずっと仕事をしていたいけど、主任がそれを許してくれなかった。大学で健康診断と履修登録があるから午前中だけ有給を使いたいと申請したときに、丸一日休みなさいと言われて。

 有給を使うんだからその分の給料が入るじゃないかと思うけど、お金だけの問題じゃない。急に休みだと言われても身の振り方がわからないという問題がある。それに、有給だと定時までしか換算されないから、残業代が。

 俺が何のためにこんなに一生懸命バイトをしているのかと言えば、生活のためと言えるかもしれない。繁忙期で一気に稼いだお金は、自分の学費の足しとして使ってほしいと兄さんに渡すことにしている。兄さんには自分のお金は好きなように使ってほしいし。

 お金のためだけじゃなくて、倉庫での仕事、物流の仕事が好きなんだなという風にも最近は思い始めている。大学3年、新4年という学年柄、就活の一環でいろいろ見聞きしているけど、自然と調べるのは物流系の仕事が多かった。


 ――というワケで、急に降って湧いた休日。履修登録と健康診断を終わらせて、やるべきこともやりたいことも特にないまま時間の潰し方を探す。会社に行ったら「休みって言ったでしょ」ってきっと主任に叱られるもんなあ。

 主任は俺にとても良くしてくれる。俺がバイトを始めたばかりの頃からずっと面倒を見てくれていて、仕事で相談したいことは大体主任に話している。優しいけど仕事には厳しいし、俺はたまに叱られる。その理由は、俺があまりに自分を顧みないからと。


「わかる。大石クンてそういうトコあるよね」

「えっ、そうかな」

「優しいけど、自己主張しないし。周りのみんなの希望は聞いてくれるけど、それじゃあ自分はどうしたいのって」


 目的もなく星港の街をふらふらしていたら、偶然買い物中のヒビキに会った。それでその辺にあったカフェでお茶をしながらいろいろなことを話して。いつしか普段は人に言わないようなこともぽろっと零れちゃってた。


「でも、俺結構ワガママだもん。好き勝手してるよ」

「具体的には?」

「えっと、休みの日は大体プールに行ってたりとか」

「他には」

「家の財布のこと考えないでご飯いっぱい食べるし。それに、大学にまで行かせてもらってるんだもん」

「人の家のことはどうこう言えないけど、少なくとも今の例は身勝手な自分勝手さじゃなくない? だって、プールに行った上で家のことはやってるんでしょ? 洗濯とか、料理とか」

「うん」

「趣味で生活が破綻するなら問題だけど、全然しっかりしてるじゃん。それに、ご飯の食べ過ぎで家を潰したとかでは」

「さすがにそこまでじゃないかな」

「なら全然オッケーじゃん。大学のことだって、大石クンは家の負担にならないようにって自分でも学費を出してるんだからワガママどころか献身的。むしろその献身があまりにも自己犠牲的になってるから主任さんは自分のことも大切にしなさいって言ってくれてるんじゃん」


 自分を大切にするとは一言で言うけど、それがどういうことなのかはよくわからない。兄さんがいて、友達がいて。毎日元気に過ごしていて。大学での勉強やサークル、バイトも充実している。十分過ぎるくらいには幸せなのに。


「もう、何をどうしたらいいかわかんないや。俺は今の暮らしで満足してるのに」

「……何か、ゴメン」

「ううん」


 目の奥が熱くて、喉の奥がチリチリする。自分を大切にって、どういうことなんだろう。俺は兄さんやあずさ、それに他の友達とか、周りの人が元気で幸せでいてくれるのが一番で。もう誰のことも失いたくないし、そのために自分に出来ることがあればって思ってやってきたけど。


「ヒビキ」

「うん」

「誰とも関わらずに生きることって、不可能じゃん」

「そうだね」

「周りの人が少しでも楽しく、気分よくあればって、そうやって俺は今までずっと」

「その生き方を否定してるんじゃないよ。でも、そうやって人のためにって自分で全部抱え込むと、自分でも知らない間に傷付いてるんだよ。大石クンの傷は、どうやったら癒えるの?」

「……わかんない。今までずっと、寂しさやもどかしさは水の中で誤魔化して来てたから」


 そうやって10年ほどを生きていたら、何が正しくて何が間違っているのかもわからなくなった。もしかしたら正誤で考えること自体が間違っているのかもしれない。もし本当に知らない間に俺が傷付いていたとして、爆発なり決壊なりしなければ、何の問題もないはず。だから今のまま、やりたいように生きていたい。


「大石クン」

「うん」

「自分を大切にが難しかったら、自分を守ってね。その優しさに付け込まれないように」

「うん、ありがとう」

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