緩やかに厳かに

「いやー、卒業式の日までセンターを開放する意味がわかんねーな相変わらず」

「卒業式の日だというのに式に出席せずセンターに入り浸る卒業生の意味もわかりませんが」


 卒業式当日とは言え、カレンダー的にはただの月曜日。よって、情報センターも通常通りに開放されている。しかし、ほとんどのメンバーが何かしらの部活やサークルに所属していることもあり、先輩を送り出しに出ている。

 このような場合にセンターを守るのは、サークルなどにも所属しておらず特に送る先輩のいないオレだ。そして、今年は烏丸も一緒にシフトに入っている。2人で誰も来ないセンターで時間を潰す、というはずだった。


「春山さん、卒業式に出ないのに学内にいる理由は」

「式に出なくても卒業証書はもらえるんだよ、終わった後でしれーっと列に紛れて引き替えに行けばな」

「それはいいことを聞きました」

「オメーもフケる気満々じゃねーか」


 5階にある事務所の窓からは、人がわらわらといる様子が見える。式はまだ終わっていないから、今ここにいるのは在校生たちだろう。春山さんはそれを見下ろし、よくやるねェと呆れたような様子。


「ジャズ同好会はどうしたんですか」

「お前わかってて言ってんな? さすがの性格だぜ」

「一応籍は残してるんでしょう」

「クソ下らねえと思って2週間で行くのやめたし籍も名義貸ししてるだけだからな」


 春山さんもまた、送る先輩も送る後輩もなくここに居続けた人だ。一応はジャズ同好会というサークルにいたこともあるが、方向性や空気の違いなどに虫酸が走り、すぐに辞めたそうだ。

 曰く、好きな音楽を語っただけでドン引きされる意味が分からない、と。その後、好きな音楽を好きなように語って引かなかった青山さんとは意気投合した上に、プレイ面でも相性が良く現在に至っている。


「それはそうと、一応今日でセンターからもアンタの籍はなくなりますが私物とプレッツェルはどうする気なんです」

「私物はおいおい整理する」

「おいおい」

「カナコの最終試験のこともあるし、それだけは中立な立場で見に来ることになってるしな」

「そうでした」


 自習室と事務所を行き来していた烏丸が、暇だなーと言いながら自習室から事務所に戻ってきた。卒業式ってこんなに暇なんだねーと退屈そうにしている。余りに暇なのか、春山さんにコーヒー飲みますーと訊ねながら。


「ユースケ、卒業式って具体的に何するの?」

「厳密には卒業証書授与式と言って、その学校での課程を修了したことを証明する証書を受け取る式だ。大学の卒業式はオレも会場に入ったことがないからわからんが、成績優秀者の表彰などがあるそうだ」

「ふーん。ミドリやカナコちゃんたちは卒業しないのに忙しいの?」

「卒業生を見送るという風習がサークルによってはあるそうだ」

「へー」

「ダイチ、お前今までの学校で卒業式に出たことねーのか」

「高校の卒業式はちょうど病院での検診の日でー。何か、卒業式あるなら検診ずらそうかーって聞かれたけど、何か引っ越しのこととかで忙しかったしいっかーって、出てないんですよ」


 小学校の卒業式は親により軟禁されていて出ることが出来ず、中学の卒業式は転校後も不登校だったのに卒業式だけ出るのもなと出ていないそうだ。いつ聞いても烏丸の境遇はオレの知る常識では考えられない。

 今ではもう病院での定期検診もしなくて良くなったそうだが、中学2年で保護されて以来、高専卒業までは体に異常が出ていないか定期的に通院していたそうだ。様々な要因が重なった結果卒業式に出たことがなく。


「大学の卒業式はどーすんだ、ダイチ」

「えー、でも春山さんを見てると出なくていっかなーって」

「わからんでもないな」

「やーいお前も人望なしー」

「別に卒業式に出ん奴が皆人望がないというワケではなかろう。単純に面倒というだけで」

「ユースケ! 来年も一緒にここにいようね!」

「……式に出るかな、もしかしたらオレが成績優秀者として表彰される可能性もあるしな」


 単純に卒業証書の授与だけでない、式への出席の意義などはまだわからん。しかし、窓の外から卒業生を待つ人混みを見ていると、春を感じるのだ。次にここで春を感じるのは入学式になるだろうか。

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