戦渦の中心でまた渦を広げる

 就活に関わるセミナーなんかも続々入ってきていて、うちはスタートダッシュに忙しくしていた。3月になる前からも、業界研究セミナーとか尤もらしい名前のついたセミナーはありましたよね。

 うちは高校の生徒会で活動してるときから薄々気付いてたんだけどイベント運営とかに興味があるんだよね。そうやっていざ興味のありそうな話を聞きに行ってみると、回ってる中にいる顔に見覚えが出てくる。


「何なら業界研究セミナーにもいましたよねえ」

「その日いましたね、確かに」

「奇遇ですねえ」

「ホントですよね」


 うちの左利きセンサーが反応していたのか、さらさらの髪をしたその男の子の事はよく覚えていた。本当に行く先々で会うから「またいるよあの子」って。いつも行くコンビニにいる店員さんに親近感を覚えるような感覚で。

 そしたら、ジュース飲んで休憩してるときに声かけられましたよね、よく会いますよねって。それで互いの興味関心について話していると、それもそのはずかーって互いにすごく納得しちゃってたんだけど。


「就活ってあくまで個人戦だし同じ業界を目指す人ってライバルになることもあるってわかってるんですけど、えっと、えー……名前」

「宮林です。宮林慧梨夏」

「宮林さんとは本当によく会うから、勝手に親近感持ってて」

「うちも親近感持ってました、えっと」

「朝霞です、朝霞薫」


 あ~、ダメだ。朝霞クンの声がUSDXのレイ君で再生されるヤツ~。声が本当によく似てる~。みなも~、就活が楽しくて殺されるヤツ~。不純な動機でどこまでも頑張れるヤツだ~。


「朝霞クンその髪って地毛? 茶髪っぽいけど」

「地毛です。夏頃は焼けてもっと茶色かったけど、完全に地毛で」

「あ、そうなんだ」

「宮林さん、その指輪はナンパ除けじゃなくてガチなヤツ? 左手だけど」

「ガチな婚約指輪です」

「マジですか」

「就職する前の方が手続きとかがめんどくさくないって聞いて」


 ――で、互いに対する興味が増しますよね。あくまで就活の前提は個人戦だけど、これからも行く先々で会うだろうしここは情報交換をしたりする仲間になっとこうぜみたいなノリで行きますよね。戦友的な?

 セミナーでいろんな話を聞いて疲れたし、甘いもの食べたいねーってカフェに入りますよね。ちょっと話しただけで確信するなって怒られるかもしれないけど、朝霞クンは悪い人じゃないんですよ。


「彼氏さんがさ、引くくらい福利厚生を見る人で」

「それは自分の志望する企業の?」

「それもだし、うちのもすっごい見てきて」

「いい言い方をすれば、それだけ想われてるんだろうけど」

「リアリストなところもあるんだよね、理想だけで物事は語らないし」

「でも結婚するとなればやっぱ地に足着いてる方がいいんじゃない? 俺たちくらいの歳だと変に冒険する奴とかも普通にいるし」

「そうだよね」


 でも、結婚となると好きなことをする時間もなくなりそうですよね、と朝霞クンは考え込んでいる。うちらの場合趣味は相互不干渉だし、そりゃ就職したらある程度は覚悟をしている。

 もちろん、うちは就職したところで今の趣味をやめる気なんてさらさらありませんよね! むしろ忙しくしてる方が原稿のクオリティが上がるって言うか。マルチタスク上等って感じだし。


「って言うか忙しい方が筆が乗るし!」

「筆? 何か書く人なんですか?」

「あっ」

「言いにくいなら別に」

「えーと、同人の趣味が少々」

「ああ、それで忙しい方が筆が乗るって」

「うち的には普通なんですけど、周りが引くワーカホリックらしくて」

「狂おしいほどわかります。俺も今まで部活とかでめちゃくちゃ台本とか書いてて、今は就活と卒論しかなくてうずうずしてたところにTRPGのシナリオ書き始めて」

「TRPG? TRPGってあの」

「あっ」

「言いにくいなら別に」

「えーと、ゲーム実況にシナリオを提供してて」

「うちゲーム実況ちょっと見ますよ。えー、知ってる人かなあ」

「マジですか。言って大丈夫なのかな、USDXっていうグループらしいんですけど。あ、オフレコで」

「み、見てるー! TRPGのシナリオってことはもしや朝霞クンが」


 ひそひそっと「レイ君?」と聞くと、同じようにひそひそっと「そうみたいです」と返ってきた。みなも、これ事件過ぎる。死ぬ、就活関係なくお友達になったっぽいのマジちょっとアレだ語彙力帰ってきてー!


「朝霞クン、手がうずうずするなら小説を書いたらいいと思うんだ。出来た本はイベントのうちのスペースに置けるしタスクを増やそう!」

「えー、同人誌とか楽しそうで困るな、やりたくなってくる」

「やる?」

「やりたいなあ」

「やろうよ」

「やろうか」

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