Awakening breakfast

 主人が戻らないと鳴く忠犬があまりにかわいそうだったから、犬を引き連れ主人のいる緑風にやってきたよ。今日は2日目の行程。犬こと野坂は安定の寝坊。それを無理矢理叩き起こすところから始まる朝だ。


「おい野坂、起きろ! 8時だぞ」


 布団を剥ぎ、気持ちよく眠っているその図体をごろんごろんと揺り動かす。クソッ、やっぱ体格いいだけあってそこそこ重いな。非力な僕ではなかなか動かない。仕方ないから揺り動かすのではなく違う刺激を与えよう。

 幸い、野坂の弱点は知っている。そしてその弱点を的確に突くことが出来るのも僕なのだ。多少乱暴に揺り動かしたり叩いたりしたからか、意識は少しだけだけども底から引きずり上げられている。やるなら今だ。コホン。耳元に寄って。


「坊ちゃま、おはようございます。朝食の用意が出来てございますよ」

「ん~……」

「起きられないと仰るなら、お手伝い致しましょうか。まずは朝のリフレッシュから――」

「……わああパンツ! ……あ、あれっ、夢…?」

「起きたか、野坂」

「圭斗先輩おはようございます……あれ、執事さん…?」

「ん、そうだね。とっくに朝食の時間なんだ。時間が終わる前に食べたいんだよ。早く準備をしろ。しかし、執事さんの夢を見たのかな?」

「執事さんがエロゲみたいなことをしてくれる夢でした」

「安心しろ、僕に男を抱く趣味はない」

「圭斗先輩に抱かれるのはやぶさかでないのですが」

「やめろ。お前風に言えば、意味が分からない」


 野坂が僕の声に弱いことは知っている。だから、ある程度意識を起こしてやったら畳みかけるようにいい声(当社比)でとんでもないセリフを投げかけてやるのだ。僕の一挙手一投足に「ナンダッテー」と騒ぐ野坂なら、と賭けたらこの通りだよ。

 しかし、あまりやりすぎると野坂がその気になってしまう可能性もゼロじゃないというリスクもあったワケだな。まあ、寸前のところで止められてよかったよ。何度でも言うけど、僕に男を抱く趣味はない。


「えーと、朝食はバイキング形式なのでしょうか」

「そのように書いてあるよ。さ、各々で取ってこようか」


 朝食会場は、さすがに8時過ぎではやや遅かったのか(そもそも平日の朝ならそんなものかもしれないけれど)、人は疎ら。スムーズに欲しい物を取って席に着く。僕はベタにご飯と味噌汁、それから鮭と卵焼きに納豆。デザートはフルーツだ。


「……寝起きでそんなに食うのかお前は」

「圭斗先輩が食べなさすぎるのでは?」


 野坂は山盛りの白飯に味噌汁、それからスクランブルエッグにボイルしたウインナー、サラダに筑前煮に卵焼きにヨーグルトにフルーツ、とにかくそれぞれが大盛りなのだ。「えっ、マジで寝起きでそれ食う?」みたいな量だ。

 確かに僕の周りでは食べる奴は元気みたいな説が結構強い。目の前にいる野坂にしてもそうだし他校なら果林、体力お化けの大石君、それから意外に食べる量が多いのは朝霞君。それぞれめちゃくちゃ元気。引くくらいに。

 僕が夏ばてをしたのも、それからなかなか回復出来なかったのも食が細いからだと各方面から言われたのだけど、今日の朝食に限っては普通じゃないか。なんなら普段はトーストだから食ってる方だぞ。


「あっ!」

「急に大きな声を出すな。どうしたんだ」

「ゆで卵があったのに気付きませんでした!」

「スクランブルエッグと卵焼きを食うのにまだゆで卵を食うのか」

「調理法が違うのでセーフです。あと、菜月先輩がいらっしゃれば必ず召し上がられているかと」

「卵星人の名前を出してくるのは反則じゃないか」


 で、揚々とゆで卵を取りに行くし。しかも持って帰ってきたのは2個。2個なら自重している方だと思ってしまうのもどうか。大分毒されたようだよ。これも星ヶ丘勢と菜月さんの4人でご飯を食べる機会が多くなっていたからだろうね。

 と言うか朝食としては少し遅いくらいの時間にこんなに食って大丈夫なのかコイツは。これから菜月さんと合流してランチに行く予定なんだけど。いや、大丈夫なんだろうな。燃費が恐ろしく悪いことは知っている。


「圭斗先輩は鮭の皮を召し上がらない派なんですね」

「ん、僕は食べないよ」

「菜月先輩は召し上がる派でいらっしゃるので」

「お前はどうなんだい?」

「そもそも鮭を食べない派です」

「あ、確かに鮭だけ取ってきてないな」

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