3月
置き土産を奪い取る
「――で、用件は何だ」
「ダブルトークのいろはを教えてもらいにきました」
サークル室で、高ピー先輩と相対する。用件はそのまんま、ダブルトークのいろはを教えてもらうこと。こないだ野坂とヒロが番組制作会の都合で高ピー先輩からそれを教わったそうだけど、アタシが直接聞きたいと思って。
「春の制作会の都合だったらもうやらねえぞ。野坂とヒロに教えてあるからな」
「インターフェイス的にはそれでいいです。今のアタシは対策委員の委員長じゃなくて、MBCCのアナウンス部長として来ました」
「なるほどな。で?」
ただお願いしたところで高ピー先輩が腰を上げてくれる訳がない。こうして欲しいという強い気持ちがあってそれを伝えても、それを現実的に実現可能な計画の草案として示さないと話が進まないのだ。
今の場合だと、アタシがそれを聞いて今後のMBCCがどう発展していくのかの展望だとか、アナウンサーだけ良くなってもミキサーはどうするんですかとか。考え得ることは予め潰しておかなくちゃいけない。
「いっちー先輩にも話は通してあって、現段階で時間を取れそうな日のリストをもらってます」
「続けろ」
「それで、MBCCの春期特別活動日を設けた上でダブルトーク講習をお願いしたいんです。もちろん、野坂とヒロにしてもらったような余所行きの優しい講習じゃなくて、高ピー先輩が鬼のようにしごいてくれることを期待してます」
「まあ、このリストはもらっとく。俺のスケジュールと示し合わせた上でまた連絡する」
「やってもらえるんですか?」
「伊東のスケジュールまで押さえてあんなら俺の都合だけでどうこうも出来ねえだろ。就活の始まる3年を動かすからには、1・2年は7割以上来るんだろうな」
「来させます」
今となっては先輩たちが現役のうちに聞いとけば良かったなとは思う。だけど、ダブルトークの必要性に気付くのが遅かったし、過ぎたことを言ってもしょうがない。大事なのは、今、何が出来るかだから。
「そう言えば、初心者講習会とか番組制作会みたいな大きなイベントは、本来それを持ち帰って練習するための触りなんですよね」
「そうだな」
「それに、個人の課題が見つかるのって、講習会じゃなくて自分たちで練習してるときじゃないですか。夏合宿のペア練習にしてもそうです。だからMBCCで練習しないとなって。人がやってるのを見聞きする勉強にもなりますし」
「気付くのは少し遅いが、学年が上がる前だったからまあ及第点だ」
本格的にMBCCの活動を再開する前に、新たな代の本格的な活動が始まる前に気付けたならまだ大丈夫。そう言って高ピー先輩は、これからも気を抜くなよと新アナウンス部長のアタシに釘を差す。
「向島じゃ最近ヒロが謎の覚醒を起こしてる。夏合宿のモニター用紙を掘り起こして練習を始めたりな。俺のところにもモニター用に何遍も番組を持ってきた」
「確かに、誰もダブルトークのことがわからないなら制作会もただやってるだけにならないかって言ったのはヒロでした」
「まず野坂がヒロに付き合わされて、火がつく。で、野坂が新たな練習を始めたことで律と神崎にも引火したそうだ。ちょっと番組を聞いただけだが、向島のレベルは夏より相当上がってるぞ。お前たちは、どうする」
「決まってるじゃないですか。今までと同じじゃいられないから、こうして高ピー先輩のところに来てるんですよ」
「いいか果林、今の2年は確かに小粒だが、一人一人がちゃんと意識を持った上で集まれば、各々の味で強くなる。それがお前たちの和の力だ」
アタシたちは今の3年生に強い憧れを抱いてる世代。だけどアタシたちの中には今の3年生世代みたく単独で光り輝くスターはいない。技術やスター性では劣る。でも、集まったときの強さは3年生以上。
そんなアタシたちが向島で起こった謎覚醒を機に刺激し合って互いを高め合っていけば、インターフェイスもそれぞれの大学のサークルも良くなっていかないか。高ピー先輩の言うことはそんなニュアンスだと思う。
「高ピー先輩から見て、MBCCのダブルトークってどう思います?」
「ウチの課題は俺も含めて致命的にヨコがいねえことだからな。ファンフェスのお前のヨコなんか話が広がらねえわタテのはずの朝霞が話をぶっ飛ばし始めるわ、そもそも会話が噛み合ってねえ。挙げ句神崎で遊び始めてリスナー置き去りにするわで何だあれっつー感じだったから特別活動日に同録持って来い」
「えー!? 晒されるじゃないですかー!」
「うるせえ、教材としてはこれ以上ねえ。反面教師にしろってな」
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