高崎悠哉の料理帳

 どうしてこうなった。俺はただいつものように飯を食いながら駄弁って飲むだけのつもりだったのに。気がつけば、あれよあれよと担がれて台所に立っている。それも、間取りが同じと言え人の部屋の台所だ。


「高ピーがご飯作ってくれるとかすげーレアだ、よく味わって食べないと」

「高崎クンの料理か~、楽しみでしょでしょ~」

「高崎先輩て俺と何かするときはなんっもしないっすからね! これは本当に貴重っすよ」

「Lてめェ、はっ倒すぞ」


 いつものようにLの部屋にビールと適当な食料を持って乗り込んだら、伊東と山口がいやがった。メンツ的にIFサッカー部とかいう都市伝説的な派生サークルだろう。そこまではいい。

 飲むならつまみが必要だ。このメンツなら普通に考えて料理をするのは伊東だろう。次点で家主のL、それがダメでも居酒屋バイトの山口がいるのにどうして俺が台所に立っているのかと。


「しょうがないよね~、伊東クン突き指しちゃって包丁持てないし~」

「サッカーで突き指なんかするかよ」

「するんだよこれが」

「あれはマジ芸術的っした」

「突き指なんか引っ張って治せ。で、伊東がダメにしても家主か山口が何か作るべきだろ」

「家主は伊東クンの介護とお酒作るのに忙しいし~、俺はお客さんだし~、高崎クンが食べたい物を作ればいいんじゃないかな~」


 ――というワケで好き勝手に料理をすることになったまではいい。何を作るか。白いロンTにスウェットという部屋着で肩肘張ってもしょうがねえとはわかっているが、如何せん飲みの場の料理は普段から伊東に頼りきりなのだ。

 まあまずは飯だろう。冷や飯とキムチ、それから挽き肉を適当に炒める。同時進行で作っていたのはコーンバター。冷凍の粒コーンの上に塩コショウをして加熱しただけのヤツにバターを乗せる。あと枝豆。


「とりあえずこれでも食って時間潰してろ」

「高ピーすげー!」

「コーンバター、おいしそうでしょ~」


 俺にはまだやることがある。何より、俺自身があれだけのつまみで足りるかという話なのだ。家で1人で飲むならベーコンだけで十分だけど、人数がいるならまだまだ作っておかないと瞬殺される。

 そうめんを茹でて、ツナと卵で炒める。コショウ強めに。これで1品。そしてレンジにはもやし。そこに鰹節とポン酢をかけてあっさりめにもう1品。フライパンの上には大本命のベーコンを置き、その間にレンジでもう1品。

 この所作は普段無制限飲みで伊東がやっていることを見よう見まねでやっているに過ぎない。ただ、案外それらしくなるものだと自分でも少し感心している。問題点を挙げるとすれば俺が食いたい物を作ってるのに俺が飲み食い出来ねえことだ。


「高崎クン、このそうめんの炒め物美味しいね~」

「そうか。つかチャーハンも全然減ってなくねえか。瞬殺されるかと思って台所フル稼働してんだぞ」

「高ピー、MBCCの飲みで料理が瞬殺されるのは高ピーと果林がいるからだよ。このメンツだったらそこまでフル稼働しなくても大丈夫。Lなんて特に食わないし。だから高ピーも飲もうよ」

「何だよ、最初に言えよ。俺の必要量を全部やっちまうところだったぞ」


 一旦オーダーストップがかかり、俺もようやく落ち着いて飲むことに。確かによく場を見てみれば伊東は食うより喋るのがメインだし、そもそもLは食わねえ。山口がまあ食ってるかなって感じだけど、人数の割に飯は減ってないのだ。


「ベーコンカリッカリでしょでしょ~、もうちょっと遅かったら焦げてるネ」

「俺はカリカリのベーコンを崇める宗教を信仰してるからな」

「ナニソレ」

「何かアメリカにあるらしいっす」

「えっ、実在すんのそれ。俺ずっと高ピーのジョークだと思ってて、高ピーが冗談を言うなんてベーコンすげえって思ってたけど、実在するんだ!?」

「いや、ガチで活動してるワケじゃねえぞ。それくらいカリカリのベーコンは正義だっつーだけで。そこまでマジにすんなよ」

「ちょっとビール取って来ま~す。冷蔵庫開けるね~」


 すると、台所からはビールを取りに行ったはずの山口の声が飛んでくる。


「ね~え~、俺も何か作ってい~い~? 塩キャベツと~、サラダチキンで適当に作れるけど~。卵使わせてもらえるなら漬けにも出来るよ~」

「マジか! 塩キャベツは要る!」

「いよっ、さすが本職! さすがよっぺ! 漬けTKGやりたいっす!」


 しばしして出てきた塩キャベツに、やっぱり俺はこっち側にいるのがいいなと思う。減らない飯を作っててもしょうがねえ。それでも簡単に出来そうなレシピは作り方を何となく聞いておいて、いつかの日のための料理帳を充実させていくのだ。

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