泡が弾けて鼓動が高鳴り

公式学年+2年


++++


 ゼミ合宿2日目の夜、俺はスキー場価格で割高になった缶ビールを手に自販機脇のソファに腰掛けていた。みんなはお風呂に入ったり思い思いのことをしているけれど、俺は何か、こう。一人で考えたいことが少しあって。


「タカちゃん」

「わ、びっくりした。果林先輩。お風呂上がりですか」

「隣、いい?」

「どうぞ」


 ガコンと缶が落ちる音がする。俺と同じ缶ビール。それをカツンと合わせて乾杯を。昼間はみんなここで人生ゲームをしたりして賑わっていたけど、夜の11時にもなればしんと静まり返っている。窓ガラスには、オレンジに照らされた自分たちが映る。


「何か、久し振りだね」

「……そうですね」

「元気だった?」

「はい。何も変わらず。果林先輩は」

「アタシも何も変わんないよ」


 呼吸を合わせたわけでもないのにビールを煽る動作が一致する。それに顔を見合わせて、くすくすと笑う。少し前までは当たり前だったのに、ここしばらくは本当にご無沙汰だった。尤も、俺が一人で空回っていたからなんだろうけど。

 果林先輩に対する感情に答えはまだ出ていない。長たらしく、難しく考えるだけ考えて疲れて寝てしまうとか、そんな風に思考は止まる。もっとシンプルに考えればいいんだろうけど、俺にはその単純な語彙や知識がない。


「果林先輩」

「なに?」

「今まで、すみませんでした。結果的に先輩を避ける感じになってしまって」

「……さすがにね、ちょっと悲しかった。嫌われるようなことしちゃったかなとか」

「えーと、果林先輩のことを考えると感情が乱されて、混乱してどうしたらいいかわかんなくなって。先輩が就職して会えなくなるのが嫌だなとか、そんなことを考える自分も嫌で、先輩に合わせる顔がなくて。俺は先輩にとってどういう立ち位置なんだろうとかって考えちゃって。先輩が嫌いとか、そんなことはひとつもなかったです。むしろ一緒にいたかったです。すみません」


 今まで思っていたことを、整理することなくそのままわーっと表に出してしまう。思い立ったが吉日じゃないけど、勢いとか、機運とかそんな波に押される形で。すると、大きな目とバチッと視線が合う。逃げ場は用意されていないようだ。


「タカちゃん、苦しかったんだね。ごめんね、気付いてあげられなくて」

「……いえ」

「でもね、ちょっと自惚れちゃうよね。アタシのことをそれだけ考えてくれたんだって。嬉しいよね」

「嬉しい、ですか?」

「うん。タカちゃんに嫌われてなかった。むしろ大切にされてたみたいで。でも、就職はするからね。それはごめん」

「いえ、俺が勝手に思ってるだけなので」


 果林先輩が笑ってる。ずっと当たり前に思ってたけど、今はそれがとても嬉しい。しかも、多分俺のことで。ごちゃごちゃ考えてたけど、多分それが一番シンプルな結論なんだと思う。


「果林先輩」

「うん」

「えっと、多分ですけど、俺は果林先輩のことが好きです」

「多分って」

「今はまだ恋愛の“好き”がこれだって自信は持てないんです。すみません」

「いいけど」

「少なくとも、俺は先輩と理由がなくても一緒にいたいです。得体の知れない男の人と歩いてるのはちょっと嫌だなって思います。……すみません、嘘吐きました。それは凄く嫌です。それで、先輩とご飯を食べて、笑い合えてたらいいなって」

「タカちゃん、そこまで言うなら自信持っていいよ」

「俺は先輩のことが好きなんですね」

「何でアタシに聞くかなあ」

「すみません。それで、良かったら俺と付き合――」


 全部を言い終える前に、果林先輩が俺の腕の中にいた。ビールをこぼさないよう、背中に空いている方の腕を回して。酒を片手に抱き合うところが自分たちらしいなとか、一瞬そんなことを思ったけどすぐに頭から消えた。


「タカちゃん」

「……はい」

「好き」

「ありがとうございます」

「……独占欲が強そうな彼氏ですよねー。しっかり見てないとご飯も食べないし」

「すみません」

「いいよ。さすがに毎日とは行かないけど、一緒にごはん食べよう」


 顔を上げた先輩が、俺の頭を撫でる。今まで胸につっかえていた物が、すーっと溶けて流れていくような感覚だ。すごく楽と言うか、ほっとしたと言うか。


「くしゅん」

「あっ、先輩湯冷めですか。部屋に戻りますか? ビールもう1本くらい買って」

「うん、そうしよ。おなか空いちゃったし」


 割高なビールをもう1本ずつ落として部屋に戻る。ゆるりと絡む小指から、じわじわと熱が伝わって。目と目が合えば、くすくすと笑い合う。


「お世話になった人に挨拶回りしなきゃねえタカちゃん」

「そうですね。鵠さんには言わないとなあ」

「菓子折り包むレベルでしょ」

「はい、本当に」


 ――という件を鵠さんにしっかりと見られてて、風呂上がりの人間を歩きにくい空気にするなって後からこってり絞られたのはまた別の話。

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