密かなるノルマ攻略作戦

「わ、わ、タカティ~! ありがとー!」

「えっと、ミドリ?」


 タカティがうちに来てくれた。何をしに来たのかと言うと、春山さんの遺産となっている例のプレッツェルを引き取りに来てくれたのだ。今日はタカティの誕生日で、緑ヶ丘の皆さんで飲み会があるらしい。そのおつまみに、とのことで。

 1年生でもタカティの誕生会は明日やる予定だけど、そこでも俺はプレッツェルを配る予定。だって、そうでもしないと減らないから! 毎度毎度春山さんのノルマは結構キツくって、タダだからいいけどまるで悪徳商法に引っかかってる気分になる。


「えっと、これがそう?」

「そうなんだよー、いくらでも持ってっていいからね!」

「うーん、本当にたくさんあるなあ」

「俺のノルマはまだいい方なんだよね、これでも」

「ええー…? ジャガイモのときも思ったけどさ、ミドリってどんなトコでバイトしてるの?」

「施設的にはごく普通の情報センターだよ。人に関しては触れると怒られそうだけど!」


 春山さんのプレッツェルは、うちには現在9ケースある。1ケースは自分で消費することに成功したけど、それ以上がなかなか進んでいかなかった。そこで、ジャガイモのときにも助けてくれたタカティに話してみたというワケ。

 秋に引き取ってもらったジャガイモ75個も、あっと言う間になくなってしまったというのだから緑ヶ丘さんは本当にすごい。心配になって聞いてみたんだよね、芋に埋もれてないかって。そしたら「足りなくなった」って。いい意味でドン引きしたよね。

 で、今回もやっぱり釣れましたよね。多分「本場ではビールと一緒に食べる」という情報を付け加えたのがよかったのかもしれない。緑ヶ丘は酒豪ゾーンとして有名だから、おつまみとしての需要に期待が出来たのかもしれない。


「何ケースくらいあったらいいかなあ」

「何ケースでも持ってっていいよ!」

「えっと、高崎先輩に1ケース、果林先輩に2ケース、俺のごはんとおやつ用に2ケース、あとは他の人にバラす用で1ケースくらいかなあ」

「えっ、6ケースも持ってってくれるの!?」

「ミドリ、いい顔してるね」

「だって~! 察してよタカティ!」


 俺は10ケースくらいで済んだけど、他の人は最低でも15ケース、林原さんに至っては30ケースも押しつけられているという惨状。それでいて、当の春山さんも被害者だというのだからプレッツェルの闇が深い。

 だけど、タカティに持って行ってもらえれば俺のノルマは残り3ケース、つまり30袋。それくらいだったらあとは定例会で配ったりすれば自分で何とか出来る範囲に持ち込める。タカティに足を向けて寝られないや!


「えっと、6ケース持ち帰ることにはしたんだけど、運搬がさ」

「喜んで運ぶよ! 車出すから乗ってって!」

「ねえミドリ、この調子だと今後もこういうことが出てくる?」

「……えーと、こういうことをする先輩は一応卒業するはずだから今後はそうないと思いたいんだけど……ないとは絶対言い切れないのが……」

「そう。がんばって」

「えー!? なにそれー!」

「だって、今のところ俺は利益しか得てないし」

「そうだけどさあ!」


 ――とは言え、俺にとってタカティと緑ヶ丘の皆さんは本当に神様みたいな存在だから無碍に扱うことは出来ない。取り置き分のプレッツェル6ケースをやっぱやめたと言われる前に車に積み込んでしまう。


「でもさ、俺思ったんだけど、ジャガイモにしてもプレッツェルにしても微妙に日持ちのするもので良かったよね」

「まあ、せめてもの救いだとは思う。何気にいろいろもらいやすい職場だし」

「へー、そうなんだ」

「こないだはね、別の先輩から白菜もらったんだ」

「えっ、葉物って高いって言うじゃん。俺は葉物野菜あんまり買わないからよくわかんないけど」

「それに、ジャガイモの先輩も悪い人じゃないんだよ、実家から戻ってきたときにはお土産たくさんくれるし。バターサンドが美味しすぎてしんどいよね。コンビニとかで売ってるただのレーズンサンドじゃ違うんだよ」

「楽しそうな職場だね」

「絶対思ってないでしょそれ」


 家にある分は少し減ったけど、センターにはまだ壁のようにプレッツェルの箱が聳えている。家にある分が減ったとバレてしまったら絶対に追加分を押しつけられるから、ここは何としてもまだまだ苦しんでいる風を装わないと。

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