義理のお嬢さん

「はい、男整列」


 今日は久々に朝霞班の面々で飲んでいる。場所はもちろん山口の店だし、当の山口はやっぱりいつものように従業員として働いてるから実質飲んでるのは俺と戸田、それから源はソフトドリンクだけど、3人か。山口は働きながら俺たちとも喋ってるという感じ。いつも思うけど器用な奴だ。

 その山口も含めた男が一列に並ばされ、向き合うのは仁王立ちをしているかのような圧を放ってドヤ顔をしている戸田。戸田がドヤるときは嫌な予感がする。いいことの時は大体普通の顔をしていることの方が多いからだ。


「どうした戸田」

「つばちゃんなになに~?」

「ちょっと早いけどバレンタイン。えっとー」


 コンビニの袋の中をごそごそと漁る戸田だ。えっ、コンビニの袋って。まあ、細かいことは今はいい。何が出て来るのかわからなくて普通に怖いというのが少し。バレンタインという単語に浮足立つのも少し。


「えっと、まずはこれがゲンゴローでー」

「わっ、ありがとうございます」

「確かこれでしょ? 好きだって言ってたの」

「そうですこれです! わー、本当にありがとうございます!」

「源、食玩か?」

「はい、このシリーズの集めてて」


 源に渡されたのは趣味をカバーした食玩。この様子を見る限り、そう心配してやることもないのかもしれない。いや、まだだ。戸田のことだ。後輩には優しくても俺や山口といった遠慮の要らない相手には無茶な要求をしてくる可能性もある。


「えっと、次朝霞サンはー。あっ、ちょっと細かくなるけどいい? 後でこの袋あげるから」

「ああ、別にいいけど。何だよ、怖いな」

「朝霞サンにはチョコとラムネの詰め合わせね」

「ストレス社会と闘うチョコと~」

「駄菓子のラムネですね。何か、食玩と比べると一気にグレードが落ちた感がするんですけど」

「だよね~、でしょでしょ~。ラムネなんて80円くらいでしょ?」


 俺に渡されたのはGABAチョコが3袋とラムネが5本。ラムネっていうのは、よくあるラムネ瓶の形をした容器に入った駄菓子のラムネだ。1本80円くらいで買えてお手頃価格の。確かに見た目には食玩よりもグレードは落ちるだろう。しかし。


「戸田、お前はわかってる。さすがだ、疑ってかかって悪かった」

「でしょ? そこはしっかり朝霞サンに需要のありそうな物を選んでるから!」

「えーと、ストレスはともかく、朝霞先輩ってラムネが好きなんですか?」

「好きとか嫌いとかじゃなくて、このラムネは9割がブドウ糖で出来ている。だから物を書くときにはちょうどいいんだ」

「あー、脳のエネルギー的なことですか」

「今ゼミの課題とかやってるしラムネは普通にありがたい。戸田、サンキュ」


 俺と源にはそれぞれの需要に合った物をくれた辺りはさすが戸田だと言わざるを得ない。そして、最後の1人があからさまにそわそわしている。ただ、俺や源みたく偏った嗜好(志向)があるとかでもなさそうな山口を最後に残す意味だ。

 源も、山口と戸田の掛け合いを短い期間ではあったが見てきていた。薄々これから起こることを察しているのだろう、俺にひそひそと確認してくるのだ。何を? それはほら、あれだ。三段活用的なヤツだ。


「つっばちゃ~ん、俺には何をくれるの~?」

「アンタはこれ」

「えっ。ねえ、確かにブラックサンダー美味しいけど、5つ?」

「うっせーな、義理でももらえるだけいーだろ!」

「まさかのブラックサンダー……まあ、美味しいですけど」

「ブラックサンダーは執筆時のおやつとしてもそこそこ有能だぞ」

「へー、そうなんだ。洋平、これ以上もちゃもちゃ言うならそれ全部没収して朝霞サンとゲンゴローに流すぞ!」

「ありがたくいただきます~!」


 源には真面目に、俺には少しネタを入れ込み、山口でオトすという三段活用。山口へのブラックサンダーが無くなって、空になった袋は俺のところに回って来た。とりあえず、ラムネたちをここに入れよう。


「で、バレンタインが終わった後にはー?」

「ホワイトデー、でしょでしょ~」

「ゲンゴローは気持ち分、朝霞サンは2倍、洋平は20倍返しでお待ちしておりまーす」

「ちょっ、20倍!?」

「俺も2倍かよ! でもまあ、そんなモンなのか相場って」


 やっぱり、どこまで行っても戸田は戸田だ。最後まで油断は出来ないし、どこまでもきっちりしている。勉強しまっせーと逃げ切ることは出来ないだろう。さて、どうしたものか。ホワイトデーな。ここでお返しを間違えるとボコられる未来が待っている。

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