ラスボスはここにいる

「……ダメだったみたいだね」

「こうして聞く分にはね」


 第1学食の“ぼっち席”で耳を傾けるのは、真上にあるスピーカーからの音。MBCCでは昼休みにこの第1学食で30分間の昼放送をやらせてもらっている。この時期になると、順番にペアごとの最終回を迎えるのだ。

 今日、金曜日は高ピーとタカシのペアが番組を持っている。俺はそれを毎日ここで番組を聞き続けたヨシと一緒に飯を食いつつ聞いていたのだ。さすがに毎日の番組を聞くことは出来なかったけど、せめて今週くらいはと。

 高ピーとタカシのペアはそれぞれ課題を抱えていた。アナウンサーの高ピーは、自分のやりたいことをタカシに伝え、また、タカシが物を言いやすい雰囲気を作れるかどうか。高ピーの指導方針や本人の雰囲気が自然と物を言いにくくしていたのだ。

 そしてミキサーのタカシは、高ピーに臆せずミキサーとして番組を組み立てることが出来るか。高ピーに限らず、アナウンサーのやりたいことをいかに引き出すかというのもミキサーには大事なこと。ただ、性格なのか、なかなか強引には行けないみたいで現在に至る。


「ヨシさ、タカシに何遍かヒント与えてたでしょ? ヒントって言うかアドバイスって言うか」

「そうだね。いくらタカティのポテンシャルが高かったとしても、さすがに1年生が初めての昼放送でいきなりラスボスに挑むのはね」

「ラスボスか」

「いい意味で鈍いから毎回レベルは着実に上がってたけど、“らしさ”も反比例するようになくなっていったよね」


 ここで番組を聞き続けているヨシだからこそ言える、全回を通じたモニター。上手くはなっている。だけどそうじゃないんだと。決して高ピーがタカシに直接言うことはしなかった、“やりたいこと”を察しているからこその焦りと、苛立ち。


「技術はリセットされちゃ困るけど、他のステータスは初期値に戻したいね」

「ああ、タカシらしかった頃のってこと?」

「だね」


 そう言って、ヨシは一味唐辛子の混ざる味噌ラーメンの汁をずず、と啜った。ミキサーとしてのタカシらしさというのは、多分俺とヨシで思うことは同じだろう。既存の構成や先入観にとらわれない、自由な番組構成や音の繋ぎ方。初期衝動で紡ぐ音の流れだ。


「高崎相手だからって慎重になり過ぎたかな。多少のミスはいくらでもカバーしてもらえたのに」

「ラスボスをパートナーにし損ねたのがタカシの敗因か」

「まあ、高崎も高崎だよね。ウチじゃ今後しばらく出てこないようなミキサーを1人潰しかけたんだから。完全に潰される前にペアが解消されて良かったとすら思うよ。自分の犯した過ちに気付いてないならアナ部長失格だ」

「どっちもどっち、的な?」

「的な。見守ることしかしてこなかった俺とカズも同罪だけどね」


 確かに、機材部長としては自分の番組だけじゃなくて各曜日のことを気にしなければいけなかったかなと思う。その辺のことは次世代に生かしてもらうことにして、Lに伝えておこう。


「ただ、俺はこれで終わるとも思ってないんだよ」

「――っていうのは?」

「2人、社会学部でしょ」

「だね」

「もしかしたらもしかするかもしれない。MBCCの昼放送としては終わりを迎えるけど」

「学部とそれがどうして――……って、もしかして。いや、タカシはともかく高ピーはないよきっと。何度誘われても断り続けてるみたいじゃん」


 可能性がゼロじゃない限り、夢を見るくらいはタダだよね。そう言ってヨシが見てきた夢は、これまでもいくつかは無理矢理実現させてきている。絶対にないと思った高ピーと育ちゃんのペアの簡易番組だってそうだ。ヨシが言うと、不思議と「あるのかな」と思うのだ。


「ところで、今期MBCCの最終回はカズと果林だっけ」

「そうだね、火曜までだから」

「あー、楽しみだなあ」

「棒読みなんですけど!」

「大丈夫大丈夫、しっかり聞いてるし」

「うへー。辛口モニター来そうだー」

「えっ、俺のどこが辛口?」

「高ピーには辛辣だったじゃない」

「気のせい気のせい。気楽にやるといいよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る