蘇生の儀式とタイミング
「おはようございま、す…?」
「おはよータカシ」
「えーと、この惨状は?」
サークル室に入ると、高崎先輩と果林先輩が死んでいた。もちろん、本当に死んでいるというワケではないのだけど、表現として「死んでいる」と言っても何ら違和のない活動停止状態。
高崎先輩と言えば、いつも背筋がシャンと伸びているし、圧倒的なオーラみたいな物がある。果林先輩はいつも元気。なのに、その2人が息をしているのかどうかもわからないほど静かに背中を丸めているのだ。
「タカシ、外寒い?」
「はい。寒いなと思って缶コーヒーを買ってきました」
「ゴメン、それもらっていい? 後でちゃんと返すし。ブラックじゃないよね」
「はあ。どうぞ」
「高ピー、起きてー」
さっきそこの自販で買ってきた熱い缶コーヒー。それを伊東先輩が高崎先輩の前に差し出せば、無言でスッと手が伸びてくる。そのまま懐にしまわれたそれでしばし暖を取っているのだろうか。
少しだけあったまったのか、プシュッと缶のプルタブの起きる音。それと一緒に高崎先輩もむくりと起き上がる。あったかいコーヒーを一口飲めば、はー、と一息。どうやら高崎先輩は蘇生したらしい。
「伊東サンキュ」
「高ピー、それタカシのだから。後でちゃんと返してあげてね」
「そうか。高木、わりィな」
「いえ。と言うか、大丈夫なんですか」
「寒くなると高ピーって大体こんな感じ。雪なんか降ったら部屋から出てこないよ」
「寒さに弱いんですね」
「違うぞ伊東。雪なんか降ったら俺は部屋どころかこたつから絶対出ねえ」
「訂正して残念さが極まってるよ高ピー」
高崎先輩は寒さにとても弱いらしい。確かに、よくよく思い起こしてみるとダウンベストやジャケットを着込むのも早かったなあという印象がある。風をもろに受ける二輪乗りだからというのもあったかもしれないけど。
さて、問題はさっきから死んだままの果林先輩だ。果林先輩は特別寒さに弱いということはない。果林先輩がここまで静かだと何か寂しいと言うか。原因は多分不慮の事故なんだろうけど。でも、どうしたんだろう果林先輩が。
「で、果林はまだ死んでるのか」
「タカシが食べ物は持ってないだろうし、仮に持っててもタカシから食べ物を取るのは気が引けて。一応聞いてみるけどタカシ、何か食べるもの持ってる?」
「えーと、カロリーメイトならあります。果林先輩はおなかが空いて死んでるみたいなことですか」
「だね」
「だな」
「あー……」
さすが果林先輩は安定ですよねー。果林先輩は常に食料を持ち歩いてる印象が強い。実際におなかが空くと死んじゃうみたいなことは聞いてたけど、それがこれか。でも、食べ物を切らすなんて果林先輩に一体何があったんだ。
「ここに食べ物を持ってきてくれそうな人と言えば伊東先輩か」
「今日は持ってないよ」
「あとはハナちゃんが何かの間違いでバイト先に寄ってきてないかですね」
「ハナちゃんに賭けようかー」
「つか自分で買いに行きゃいいだけの話じゃねえか。腹減って持ってた食い物全部食っちまったっつーだけの話なんだからよ」
「立ち上がる元気もないんだよ。高ピーも寒いと動けないでしょ。それと同じなんだから人にどうこう言えないと思うよ」
「こんなとき、高木の燃費と寒さ耐性は化け物じみてるなと思う」
「あ、それは俺も思う」
「えっ、俺ですか?」
先輩たちからすれば、12月にもなっているのに発熱素材の肌着やもこもこのアウターなどを着ずに、秋と何ら変わらないジャケットスタイルなのが理解できないらしい。あと、俺は食費をケチりすぎると。
まあ、正直「お金がない」に尽きますよね。家でも極力暖房は使わないようにしてるし。学祭の抽選会で(高崎先輩から)もらったヒーターは朝やシャワーのときににちょっとつける程度で。
「家で暖房つけないとか理解できねえ」
「毛布にくるまって酒を飲んでれば大体はやり過ごせますね」
「偏見だけどピロシキ食ってそうだなお前」
「食べてみたいですね。具入りの揚げパンみたいなことですよね」
「あ、絶対美味い。伊東、ピロシキ作れるか?」
「今度はロシア料理の大会? 需要があるなら練習するけど」
「お、じゃあ酒も用意するか」
食べ物の話題に反応したのか、黄色い塊がもぞもぞと蠢く。そして虫の鳴くような声で「飯テロ反対、ピロシキは賛成」と。そしてまた静かになってしまった。
「高ピー、そう言えばハナちゃんの誕生日が近いよ」
「よし、冬休みに入る前に1回やるぞ。寒冷地仕様でちょうどいいだろ」
「寒冷地仕様、ですか?」
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