ここでは己を信じるな
「うーわー、最悪。薄々思ってたけど、実際こうなるとやっぱショックだなー」
帰ってくるなり、カズは玄関先で肩を落としていた。手元には、濡れてびしょびしょになったエコバッグ。きっとまた道に迷って冷凍食品をダメにしたのかもしれない。何でスーパーまで一本道なのに変に近道したがるかな。
「再冷凍すると露骨にマズくなるんだよなー」
「冷食パーティーする?」
「する。適当な奴呼んどいて」
適当な“奴”と言うからには、カズの頭の中にある人物はお察し。うちの思うその人物に連絡をすると、やっぱり急ぎの予定はないようで、急な冷凍食品パーティーに来てくれることになった。
台所で、溶けてしまった冷凍食品たちを調理していくカズの背中はやっぱりちょっとしょぼんとしている風に見える。でも、決して珍しいことではないんだよね。方向音痴だから大学までほぼ一直線、スーパーまで直進のマンションを選んでるのにさ。
「あっ、来た来た。はーい」
インターホンが鳴って、はーいとドアを開ける。急な呼び出しで来てくれた浅浦クンを出迎え、本格的にホームパーティーの様相。
「何、またやった?」
「そうみたい」
「うるせー、お前には俺の苦労なんてわかんねーんだ。あーあ、高ピーの肉食ったら方向感覚身につくかな」
「カズ、何ナチュラルに絵師の肉食べるみたいなこと言ってんの。あっゴメン浅浦クン、上がって上がって」
部屋でしばらく待っていると、台所から漂ういい匂いにおなかが空いてくる。浅浦クンは突然巻き込まれたけど、このイベントは定期的に開かれるからさほど驚きはしない。またやった、という反応からお察しね。
そしてカズが料理を運んできてくれるけど、やっぱりまだちょっとしょんぼりしたような空気。いただきますの声もどこかヤケクソ。でもね、これやる度に言ってるの。変に近道しちゃダメって。
「今回はまたどうした」
「ひでーんだよマジで。イジメかと思った」
「真っ直ぐ行くだけなのに変に近道するからじゃん」
「よく考えろ慧梨夏、真っ直ぐって一言で言うけど進行方向は4つあるんだぞ」
「真面目に冷凍食品はこの人がいるときに買った方がいいと思うぞ」
「今日は大丈夫だと思った」
「それ、何回目の供述かなー?」
「コイツ、昔からそれで迷子センターの世話になりまくってるからな」
「えっ何それ詳しく」
「ガキの頃の話はやめろ!」
まあいいや。迷子センターの話はカズがいないときに聞けばいいし、それか美弥子サンを突っつけば出てくる話だろうから別にいいでーす。
「で、何がイジメだったの?」
「どうにかして俺の知ってる道に戻ろうと思ってぐるぐる回ってたらさ、一通無視で捕まってさ」
「うわ」
「それでまず6000円の出費が確定するワケじゃんか。で、何気に俺ちょこちょこ捕まってるから点数がヤバいじゃんか」
「速度超過と通行禁止違反ね」
「春はあんま乗らないからいいんだけどさ、秋はヤバい」
「自業自得だろ」
「うるせー浅浦! でさ、一通に関してはもうちょっと方向音痴にもわかりやすく書いて欲しいっつってさ、意味ないだろうけどケーサツに訴えたワケよ。そしたらさ、方向音痴が細い道に入らない方がいいって言われたよ」
「それは警察が正しい」
それはうちも浅浦クンも美弥子サンも、多分高崎クンも口が酸っぱくなるくらい言ってることだと思うんだよね。細い道に入ったら最後、道に迷うのは決定事項、予定調和なんだもん。
「そんでさ、ケーサツに道を教えてもらったんだって」
「よかったな」
「それでも曲がるトコ間違えたらしくてさっきのケーサツにまた会って、あっ通っていい方からな! そんで何やってんだって怒られた」
「カズ、確かにそれは怒るよ」
「だって左に曲がれば通りに出るからって言われたけどさ、右の方が知ってる雰囲気だったんだって!」
「その結果が冷凍食品おじゃんか」
ホント、カズの言う“知ってる雰囲気”って何なんだろう。美味しく調理された冷凍食品を食べながら思う。でも真面目にそろそろ免停になるんじゃない? 危ないよねえこのペースだと。でも、ちょっとオイシイ話に聞こえてきた。
「ねえ浅浦クン」
「ん?」
「何度別れてもまた巡り会う警察×カズのBLにならないかな」
「あー、なるほどな」
「通常運転かよお前は!」
「安心安全の運転ですようちは」
「上手いこと言ったつもりだろうけどな、全然上手くねーからな!」
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