natural beauty profile

 菜月先輩の横顔を見る機会は人より多い方だと自分で思っている。番組収録でいつも見ているその横顔が、今日は何だか少し違うような、そんな印象を抱いた。

 何が違うのだろう。そう思い、マイクスタンドの前に座る彼女の顔をまじまじと見つめる。無論、見つめていることを悟られないように。透き通るような肌や、スッと伸びた睫毛は美しくて溜め息が出る。


「菜月先輩」

「ん、どうした」

「今日は、体調がいつもよりよろしいですか?」

「どうしたんだ急に」


 苦笑して、こちらに顔を向けた菜月先輩の表情に、少しドキリとして。もちろん、それを悟られないようにというのは言うまでもないのだけど。今日の菜月先輩はどうしたんだ、心臓に悪すぎるじゃないか。


「頬や唇の血色がいつもよりいいなあという気がしました」

「……やっぱり、見る奴が見ればわかるってことか」

「――と、いうのは?」

「こないだ、麻里さんから簡単に化粧を教えてもらったんだ」

「化粧ですか。しかし、菜月先輩はすっぴんでも十分お綺麗でいらっしゃるのですから、特に必要としないのでは」

「就活をするに当たって、最低限はする必要がある。いや、普段はしたくないからしないけど、練習しないと上手くならない分野らしいから」

「これも菜月先輩なりの就職活動の一環だったわけですね。理解しました」


 麻里さんは来春から有名化粧品会社への就職が決まっているそうで、確かに化粧のことを相談するならこれ以上ない人選だと思う。実際いつお会いしてもバッチリ決まっていて現段階でも一流のキャリアウーマンを名乗れる雰囲気がある。

 普段から化粧をされない菜月先輩は、麻里さんから化粧の仕方や化粧品の選び方を習い、菜月先輩のお肌や台所事情に合うであろうそれをお店で実際に選ぶというところまでをきっちり学習されてきたそうだ。


「――というワケで今日はちょっと練習を」

「なるほど」

「血色がよく見えるっていうのは、チークとグロスを塗り過ぎたってことなのかなあ」

「いえ、不自然さは感じません。今日はお身体の調子がいいのかなあと感じる程度の自然さで、ケバいということはありません」

「ならいいんだ」

「しかし、麻里さんともなると使う化粧品にもこだわりがあって、物凄くお高い物を使っていらっしゃるのではという想像は尽きません」

「実際いい物も使ってるけど、安くそれを再現できる物はどれかっていう研究も好きみたいで、うちに教えてくれたのはコスパ重視だったなあ」

「さすが麻里さんでいらっしゃいます。さぞ頼りになられたでしょう」

「ホントに。花火のときに浴衣の着付けしてもらったのもそうだけど、こういう分野は本当に麻里さんだ」


 化粧をされている菜月先輩というのがまずレア過ぎて緊張する。そして、自分の肌はこういう系統だからこういう化粧品を選ぶといいというような麻里さんからの教えを語る菜月先輩が無邪気と言うか、ウブで可愛らしくて殺す気かと。

 俺にとっては菜月先輩以外の女性は皆同じだからどうでもいいけど、どれだけ顔にいろいろ塗りたくったところで菜月先輩の素肌に敵う者なんかいやしないと思っている。だけどどうだ。菜月先輩が透明感溢れる上品な化粧を覚えられたら。

 そんなの、素晴らしい世界が一夜にして崩壊してまた新たな桃源郷が生まれるんじゃないかとか、そんなこの世の終わりを予感させて。いや、主に俺の世界の崩壊だけども、破壊神にして創造神であられる菜月先輩が素晴らしいので世界が保たれているとかそんな。


「今度、美奈と一緒に出掛けていろいろファッションのこととかを教えてもらうことになってるんだ」

「福井先輩とお出掛けになられるのですか。確かに、福井先輩はオシャレでいらっしゃいますから、新たな刺激を受けられそうですね。ですが、俺は今の菜月先輩も十分素敵だとお伝えしたいです」

「今のスタイルをやめるワケじゃないぞ」

「いえ、何となく。菜月先輩の、飾り気のない芯からの美しさが凛として素敵だと、俺はそう思っているので」

「ノサカ、悪い物でも食べたか? それとも何か圭斗から吹き込まれてるのか?」

「滅相もありません! 俺などどれだけ勉強したところで圭斗先輩の足元にも及びませんし同じ土台で物事を語ろうなど烏滸がましいです」

「あっはい」


 馬鹿な事言ってないで番組やるぞ、とこのお話は強制終了。だけど俺はやっぱり菜月先輩の横顔にドキドキしっぱなしだったけど、そんなことは当然言えるはずもなく。と言うか、別にそれは化粧をしてようがしてなかろうが一緒だった件について。

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