路上のビッグモンスター

「おはよーございまーす、しょぼーん」


 サークル室にやって来るなり、ハナちゃんはしょぼーんで始まった。しょぼーんというのはハナちゃんの口癖なんだけど、いきなりしょぼんってことは何か悪いことでもあったのかな。

 タカシとエージは事情が気になるのか、挨拶を返すなりいきなりしょぼんなんてどうしたと首を傾げている。うん、俺もちょっと気になるし、そのまま聞いちゃって。


「ハナ、どうしたんだっていう。いきなりしょぼんとか陰気臭いべ」

「何か良くないことでもあった?」

「手が痛いんだよー、見てこれしょぼんでしょ?」

「うわっ、ひでー痣だっていう」

「ホントに痛そうだね。どこかにぶつけたの?」


 ハナちゃんがかざした右手は、小指の付け根部分が真っ青になってしまっている。拳を作った時にちょっと出っ張る骨の部分と言うか、関節の部分っていうのが正しいのかな。

 その青さが悲惨と言うかとにかくグロい。そりゃしょぼんにもなるよって。何がどうしてそんな痣になってしまったのか。って言うかぶつけたとき絶対めっちゃ痛かったヤツじゃんな。


「今朝の通学途中にさ、ムリヤリ割り込んで来た車がいてさ? ハナが主線走ってるし車間距離だって他の車を入れれる余裕はなかったんだよ!? それなのにムリヤリ捻じ込んで来て、ハナは入れた覚えないのに「どうもー」みたいな感じで挨拶代わりに手を上げてさ、めっちゃ腹立つ~ってハンドル叩いたらちょうどハンドルの真ん中の硬いところにぶつけちゃってさ。メーカーロゴの部分が硬いの失念してて」

「何だ、ただの自滅だっていう」

「ハナちゃん、ハンドル握ると怖いよね」

「違うんだって! ハナの後ろ車いなかったのにムリヤリ捻じ込んで来たアイツが悪いの! 何でそんなヤツのためにハナが痛い目に遭わなきゃいけないの!? ホントしょぼんなんだけど!」

「いや、だからお前それ自滅だべ」

「カズ先輩、軽の初心者だからナメられてるんですかね!?」

「うーん、初心者って逆に近付きたくないけどね、俺の心理だと」


 急に話を振られて驚いたけど、ハナちゃんはとにかく怒り心頭のようだ。ハナちゃんは普段は活発だけど優しいし、女の子らしい立ち振る舞いで可愛い子だ。

 だけど、ハンドルを握ると態度は一変。運転が粗くなるということはないんだけど、態度がかなり強気になるのだ。そして罵言暴言は当たり前。今の話もその延長線上にある。

 ただ、怒りの余りその辺にある物を殴って手をケガするってどっかで聞いた。壁を殴った某Pの話によれば、やった瞬間は痛みを感じないけど後から自分のした事の大きさに気付くのだと。


「って言うか何でハンドルなんか殴るんだっていう。しかも利き手で」

「うるせーボケコラふざけんなって殴んない?」

「俺は車乗らないからわかんねーけど、仮に乗ってたとしてもやんないっていう」

「俺も殴らないと思うなあ」

「あと、利き手で殴るのはしょうがないよ。今回の件だけなじゃなくても咄嗟に出るのって基本利き手じゃん。エージだったら左手が出るよ」

「でもさハナちゃん、手が折れてなくてよかったね。当たり所が悪かったら折れるとかもあるケースでしょ?」

「ホント、ギリギリでしょぼーん」


 ハンドルを握ると性格が豹変するハナちゃんから見た危険運転にならないように俺も気を付けたいところ。変なバイクだと思われてざけんなボケこの野郎などと怒鳴られた暁には怖すぎる。


「でもさハナちゃん、最近煽り運転の事とかニュースでもよくやってるし、クラクション鳴らしたりするのはやめといた方がいいかもよ」

「だべな。ドラレコ搭載してる車も増えてるっていう。何かあったら負けるぞお前」

「うーん、わかってはいるんだけどね。あとハナは煽ってないしクラクションは聞こえるか聞こえないかくらいの音で短いヤツだし暴言吐くのも車の中にしか聞こえてないから。何かあっても勝てる運転しかしてませーん、しょぼーん」

「いや、だからお前それ負けるべ」

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