私の心は燃えている
短くなった煙草を押し消したかと思えば、すぐさま次の煙草に火を付けた。宇部は明らかに荒れている。いや、だからこそ俺がこうやって有無を言わさず付き合わされてるんだろうけど。
「本当に、何なのよ。ふざけるんじゃないわよ。ベビーシッター代を出して欲しいくらいだわ、私だって暇じゃないのよ畑を見たり菌を管理したりして忙しいのよ」
「まあ、アイツの我が儘は今に始まったことじゃないしな。ベビーシッター代は出せないけど、一杯なら出すぞ」
「悪いわね、付き合わせてるのに」
「お前のストレスは計り知れないからな。ベティさん、ブラッディ・メアリーを」
「あらカオルちゃん素敵」
「あと俺はシャンディ・ガフで」
わざわざ西海のベティさんの店にまで出てきているのも、大学近くだといつ、誰に会うかわからないからだ。山口がバイトしてる店ならそこまで知ってる人と会うこともないけど、宇部の希望で大学からは遠い店になった。
「で、日高はまたどうやって俺を潰そうとしてきた?」
「不愉快だから謹慎にしろ、ですって。安心して頂戴、しないわよ」
「ここまで来るとむしろ笑えてくるな」
「班員の素行も笑えないし、むしろそっちを処分したいわよ。もちろん画面はキャプチャーしてあるし、文化会に提出する準備はあるけど」
はいどうぞ、と注文していた物が出てくれば、改めてグラスを合わせる。お互い部長の相手は大変だけど頑張りましょう、と。そして宇部から1本と、火をもらう。何ヶ月かに一度の貰い煙草。
「あら、止める人がいないからってやりすぎないでよ」
「うるせえ。俺だってアイツの横暴さにはムカついてんだ。多少はご愛敬だろ」
「メグちゃん大丈夫よ、最悪アタシが止めるから」
「あまり貰い煙草ばかりしてると鬱陶しがられるわよ」
「お前からしか貰わないから問題ない」
「それはそれでどうなのよ」
「つか、俺の周りはお前しか吸ってないし貰いようがない」
「あらそう。それじゃあ吸って年2ってトコなのね」
「だな。それに、こんなことしてんのを知ってるのも、お前と山口だけだ」
俺に喫煙の習慣はない。ただ、全く吸わないワケでもない。自分で買うほどでもないから、持ち合わせてはいない。大体今のように宇部から貰って、2、3回吸ったところで山口に消されるまでがテンプレ。
ただ、山口がいない今は、長さが半分以下になったそれをまだ燻らせていた。煙草のおともはネガティブな話題。タイムリミットは火が消えるまで。けじめを付けやすくて実にいい。
「さて、と」
「もうダメよ」
「わかってる」
俺の煙草が限界まで短くなり、火を押し消す。これで部活に関するどうしようもない話は終わり。ただ、俺と宇部という組み合わせで部活以外の楽しい話題と言われてもそう浮かばないのが事実としてある。
「そう言えば、メグちゃんて夏に野菜くれた子よね」
「あ、そうです。コイツ、農学部で」
「朝霞、どこまで話が行ってるの」
「夏に野菜配ったインターフェイスの、デカい犬みたいな方がベティさんの弟だ」
「ああ、それで。その節は貰っていただきありがとうございました」
「美味しかったわよ。ところで今も何か育ててるのかしら」
「私は大学の畑で育ててるだけなんですけど、友人はプライベートの畑で里芋や、他にもいろいろな物を。来月、オープンファームで学部で収穫した農産物が売られるのでもしよければ」
「オープンファームって戦争だって聞くけど」
「ええ、戦争よ。もしよかったら朝霞も来てちょうだい」
オープンファームの準備でも忙しいのよ、と宇部は溜め息をひとつ。イライラが募って研究室ではキュウリを敢えてバリバリと音を立ててかじっているとも。確かにそんな状態で子守なんてしてられないなと思うし他の幹部は何やってんだと思う。
しかし戦争だとわかっている現場に誘われたところで、俺にどうしろと。どちらかと言えば好戦的な方であるという自覚はあるけど、ステージのそれと畑でのそれはまた別枠だろうし。部活じゃない戦争は怖い。部活では殺されても死なないけど。
「いいわー、文化祭。青春よ」
「宇部、青春か?」
「どうかしら」
「あら、アタシくらいの歳になればわかるのよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます