スペシャルスープの妥協点

 通常の活動もこなしつつ、大学祭に向けた準備も進めていく今日この頃。バイトもしてないし、他の面々より暇だろうという理由で食品ブースで出すことになったスープの試作を命じられたのは俺と菜月先輩だ。

 2人の予定が間違いなく合うのは昼放送の収録が入っている土曜日。菜月先輩は朝からサークル室に来てDJブースそして食品ブースの看板を制作。そして番組をこなしてからはスープの試作と忙しい1日を過ごされる。

 奇跡的に遅刻が20分で済んだ今日は、番組の収録も奇跡的に1時間以内に収まった。サークル室を出たのが15時半。下手すれば俺がまだ来ていない日もあるくらいの時間だ。すごい! らしからぬ早さだぞ!


「で、スープだな」

「ですね。材料の買い物はこれからでしょうか」

「だな。中華風スープと一言で言っても、どんなスープになるかは買い物しながら考える感じだし」


 電車を乗り継ぎスーパーへ。菜月先輩と2人でスーパーだなんて幸せすぎて死んでしまうかもしれない。あーあ、これが新婚生活とかだったらいいのに! ……邪ですみません。真面目にやります。

 ニンジンやもやしなどを見ながらこれは要る、これは要らないなどとカゴに入れるか入れまいか決める作業だ。圭斗先輩からの指示では、肉団子とスープの素は絶対で、他の材料については菜月先輩にお任せされているそうだ。

 それと言うのも、菜月先輩は食べる汁物が大好きでいらっしゃるのだ。ミネストローネなんかもそうだし、和物なら豚汁など。今日これから作るような中華風スープにしても、菜月先輩のセンスでやれば間違いないだろうという信頼。


「個人的に椎茸も入れたいけど、コスト面でナシかなあ」

「個人的に椎茸は却下です」

「筍の水煮とかさ。ニンジンと同じ形に切って入れると食感がうまーなんだけど」

「筍は高いと思いますよ。如何せんスープの売値が100円ですから」

「だよなあ」


 結局、大学祭仕様と菜月先輩が個人的に食べたい用の材料を買って別会計することに。圭斗先輩からの指示はちゃんと守って。だけど本番はここから。菜月先輩の部屋に帰って、さっそく調理とその記録が始まるのだ。

 部屋着に着替えた菜月先輩の包丁捌きたるや。何度でも言うけど、これが新婚生活だったら良かったのに! 俺は菜月先輩の手捌きに惚れ惚れしながら、その行程を記録して、MMPの連中(主に俺とこーた)でもわかるレシピにしていくのだ。

 そして圭斗先輩直々に課せられた俺の最重要任務は、一食分の原価計算だ。赤字にならなければいいという緩いスタンスのブース運営ではあるけれど、それでも計算はしっかりやっておかなければならないのだ。


「出来た!」

「美味しそうですね!」

「1人分はお玉1杯分くらいか。肉団子は予算を見てだけど1~2個」

「実際の器に入れてみる必要がありますね」


 しっかりと用意されていた実際の器に菜月先輩がスープをよそって下さる。改めて見ると器はお世辞にも大きくないし、目の錯覚かもしれないけどここに肉団子2個は大盤振る舞いだ。


「問題は味だな。食べよう」

「そうですね」

「せーの」


 いただきますと同時に手を合わせ、まずはスープを。


「ん。美味しいです菜月先輩」

「そうか? 何かパンチが」

「これは仮説ですが、菜月先輩に足りないのはブラックペッパーでは?」

「それだ」

「それはまた後日、試食会の場で圭斗先輩の意見を聞いてみましょう」

「やっぱさ、椎茸と筍が欲しかった」

「菜月先輩、器や割り箸の予算もありますし、大学祭当日はカセットコンロを使います。ガス缶の費用もあるのでやはり材料を増やすのは厳しいかと」

「大学の山に筍は生えてないのか」

「残念ですが、時季を過ぎたかと」

「はっ、逆にマツタケ!」

「キノコ類はNGです」


 ああでもない、こうでもないとスープを批評していく。予算の都合もあるから「まあ、こんなモンか」というクオリティでもどこかで妥協しなくてはならない。ただ、妥協しつつも突き詰めるところは突き詰める、ある種の駆け引きだ。


「いいかノサカ。食べる汁物にキノコは必須なんだぞ、かさ増しやダシ的な意味で」

「キノコが嫌いな俺にそれを熱弁されても理解しかねるのですが」

「これだからヘンクツ理系男は」

「偏屈も理系も関係ないかと」

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