ゾンビと狐の皮算用

「リ~ン~、聞いてくれ~」

「どうしたんです、ゾンビのような顔をして」

「丸の池公園近くにライブバーが開店するんだけどよ」

「読めました、それ以上は結構です。オイシイ公演があるんですね。で、それに行きたいからシフトを調整してくれ」

「ったくお前は可愛げのない野郎だなあ!」


 こうなると春山さんは留まることを知らない。行きたいライブにはどんな手段を使っても行くし、遠方へ行くことになれば宿や交通手段より先にチケットを確保するのは常識だとドヤ顔で言う姿は何度も見た。

 今回はそのライブバーとやらが開店するのが丸の池公園近くということもあって宿や交通の心配は不要だが、チケット争奪戦はどうやらこれかららしい。行けるかどうかも決まっていないのにシフトの調整か。職権濫用もいいところだ。


「須賀さんが…! 須賀さんが来るんだよう…! 行ーきーたーいー! 行きたい行きたい行きたい!」

「いい歳をして駄々をこねるな」

「だって須賀さんだぜ!? ライブバーの距離感で須賀さんの姿と音を堪能出来るとか行くしかないだろ!?」

「確か、サックス奏者の須賀誠司だったか」

「誕生日にくれてやった芹サンコレクションの中にも入ってただろ」


 春山さんから誕生日にもらった芹サンコレクション(今にして思うとすべてブルースプリングへの伏線・布石にも感じるが)、春山さんおすすめジャズ+その他音源・楽譜詰め合わせの中にも須賀誠司の音源は入っていた。

 スタンダードからオリジナル曲はもちろんのこと、何に意表を突かれたかと言えば、童謡のジャズアレンジだ。いや、世にはアニソンなどのアレンジもあるし童謡とて探せばいくらでも出てくるだろう。ただ、クオリティがな。


「春山さん、事情が変わった」

「読めたぞ。お前も興味が湧いたんだろう」

「ええ。ですのでその公演の詳細を教えていただければと。ついでにオレの分の座席も確保してください」

「ったくよー、しょーがねーな。で? 席を取るからには?」

「礼はプレイで弾みます。あわよくば何かに生かせればと」


 オレとて一応は洋食屋でピアノを弾いているし、ジャズアレンジを少しではあるもののやっている身ではある。それに、音楽と映画、それから宇宙に関して春山さんの言う事柄にハズレが少ないというのもある。


「しかし、ライブバーのオープン公演に須賀誠司を呼べるというのも凄いですね」

「須賀さんのことはまだ公にはなってないんだとよ」

「それをどうしてあなたが知っているんです」

「和泉が言ってた。アイツ、何気に人脈だけはあるし。で、これは私に教えないとーっつって」

「青山さんはどこでそういう情報を入手してくるんですかね」

「何か、バイト先にいる後輩とかいう奴がドラムやってて、ソイツが須賀さんと深い繋がりとかで」

「ほう、青山さんと繋がりのあるドラマー……変人に違いないですね」

「ソイツの組んでるバンドは割と普通らしいぞ」


 さて、ライブに行きたいとオレたちの意見が一致したまではいい。しかしお世辞にもスタッフが多いとは言えないセンターで、バイトリーダーとすぐ下の人間が同時に「ライブに行きたいからシフト変わってくれ」などと言えようか。

 いや、最近は割と言っていたな。ブルースプリングの練習などで同時にいないことは割とあった。うむ、烏丸は緊急登板にはまだ早いだろうから、川北と土田に賭けるか。ハイリスクハイリターンだ。このオレ様に不可能はない。


「3000円と1ドリンクで須賀さんを拝めるとか安すぎるだろ…!」

「確かにそれは破格ですね。普通なら、ジャズライブハウスで7000円から8000円はしますよね」

「ふへへ」

「どうした、気色悪い」

「リ~ン~、楽しみすぎて禿げそうだぜ」

「まだ座席も取っていないのに浮かれないでください。それで、予約開始はいつなんです?」

「15分後」

「またさらりと言いますねアンタは。いいでしょう、15分だけここで受付も見ますから、確実に取ってくださいよ」

「なあリン」

「ん?」

「まだシフト変わってもらってもないのに浮かれてるのはお前もだろ」

「それは言わない約束でしょう」

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