ナイストゥーミートパイ

 浅浦クンから連絡が来るなんて珍しいなーと思った。いつもはうちが浅浦クンに連絡をしたり部屋に押し掛けたり、カズ経由だったりするから。何か今日はカズが忙しいっぽくて捕まんなさそうだったから、と次に白羽の矢が立ったのがうちだったみたい。

 出て来れるかとだけ聞かれて、迎えに来られて至る今。どこに行くのかも知らされてないし、人を捕まえられてよかったと安心したような溜め息を吐いた浅浦クンをもぐもぐしてるだけで十分満足なんですけどそろそろ詳細プリーズって感じ。


「それで、今日はまたどうしてうちを? って言うかどこに行くの?」

「ああ、言ってなかったか」

「聞いてないよ!」

「母さんがミートパイ焼くって言ってるから、良かったらと思って」

「ん? えっ? みーとぱい」

「嫌いじゃないだろ? アンタはパイが好きとは伊東から聞いてたから、人選としては間違いないと思ったんだけど」

「アップルパイとかパンプキンパイとかパイの実とか、パイは好きだけどミートパイを食べたことはないよ」


 最後のは何か違わないかとツッコミをいただいたところで冷静になって考える。浅浦クンのお母さんがミートパイを焼くから良かったらどうぞ。そんな現場って言ったら間違いなく浅浦クンの実家! ですよね!

 ちょっと待って浅浦クンの実家に行くとか! それを最初に言ってくれてたらもうちょっといい格好してくるんだった! 生活水準とか家の格とか、何から何まで違うんだもん。ドレスコードとかあるんじゃないかって、ねえ。

 浅浦クンの家はやることなすことがオシャレなんだよね。ティーパーティーが頻繁に開かれるとか、夏には避暑地でリゾートとかさ。それこそ生活水準の違いが逆に想像も付かない世界で。ほら、うちは母子家庭で決して裕福とは言えない家だし。


「ミートパイは挽肉を入れて焼いたパイな。アップルパイとかの具が肉になってると思って」

「うん、美味しそう! って言うか好きそう」

「それならよかった。母さんのミートパイはシンプルな味付けなんだけど、だからこそ肉の味が生きてて美味しいんだ。舌が肥えてるアンタなら多分わかると思う」

「言うほど舌は肥えてないよ」

「子供の頃からいいモン作ってもらって食べて来てるだろ。こないだもうちでオムライス食べてたとき、前と調味料違うのに気付いてたし」

「作るよりは食べる方が得意だよね」


 ミートパイは楽しみだけど、それでもやっぱり緊張はする。浅浦クンの実家って何気に行ったことないし。カズの実家にはそれこそ数えきれない程行ってるけど、近いのに自分でも意外だなって。

 浅浦クンが言うには、年末とかお正月に伊東家と浅浦家で集まってるときにうちを呼べとかそういう話になるにはなるみたい。だけど、それをカズが断ってるんだって。宮林家には宮林家の過ごし方があるからって。


「改めて確認するけど、今から行くのって浅浦クンの実家、だよね?」

「だな。俺の実家」

「ドレスコードとか」

「ない。うちを何だと思ってるんだ」

「菓子折りとか」

「そんなこと考えなくていい」

「浅浦クンの友達っていう肩書きでいいの?」

「逆に、何て紹介されたい? 伊東の彼女か、俺の友達か」


 カズの彼女。浅浦クンの実家だったらそれでも十分通じる、歓迎されるだろう肩書き。うちの存在自体は筒抜けになってるしね。


「でもさ、カズの彼女ならカズと一緒に挨拶すべきじゃない?」

「早いか遅いかの違いだろ。伊東慧梨夏になるのは確定事項なんだから、うちにだって嫌でも来ることにはなるんだ」

「ちょっ、まだ確定してない!」

「確定してるようなモンだろ」

「だ、だって……プロポーズだってまだだし、婚姻届も出してないし……」

「それはあくまで形式で、アンタの気持ちは決まってんだろ?」

「まあ」

「アイツが今更アンタ以外の嫁をもらうことなんて考えてもないし、そこは自信持っとけ」

「うう……浅浦クンがカズを嫁にする未来は来ないワケですね……」

「十分通常運転だな。安心しろ。来ないとだけはっきり言っといてやる」

「じゃあ、カズの彼女で」

「わかった」


 家同士の付き合いっていうのもあるんだなあって、改めて思う。親同士が幼馴染みで腐れ縁だっていうのは聞いてたけど。それで、これからもそれを続く物だと互いに思ってる。うちはその中に飛び込んでいく立場。うーん、もし聞けたらだけど、浅浦クンのお母さんに聞いてみたいな。外から縁の中に飛び込む度胸みたいなものをさ。

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