She is only an idol

 今日も今日とてMMPは平和だし、ラブ&ピースだ。テスト前とは言ってもテストはまだだ。昼放送は最終週。菜月先輩と俺のペアはもう収録が終わっている。だからと言って番組モードが切れるワケではなく、夏合宿に忙しくなるだけだ。


「しかし、暑いなあ」

「今年は酷暑だというからね」


 圭斗先輩と菜月先輩が茹だった表情で団扇を動かしていらっしゃる。扇風機も申し訳程度についているけれど、その程度ではやっぱり暑さは消えていかないのだ。夕方にも関わらず暑いぞ!


「それなのにこのヘンクツ理系男は長袖だし。正気の沙汰じゃない」

「情報知能センターは冷房がガンガンにかかっていて冷えるんです」

「社会学部に喧嘩を売りやがったな。りっちゃんにラブピされてしまえ」

「それは勘弁してください」


 この暑さではまともな活動など出来やしない。それは圭斗先輩も思っていらっしゃること。それでなくても先週は村井サンの悪ふざけ……ムライズムによるうまい棒レースとかいうふざけたイベントが行われていた。まともな路線に誰が舵取り出来ようか。

 そして俺は音もなく忍び寄る悪魔の存在に気付いてしまった。気付いてからは早かった。ぎゃああああ、と悲鳴が上がる。俺の声にガタッと音を立てて先輩方も驚く。お前は一体どうしたんだと。


「突然ウルサいぞノサカ!」

「あっ、あれっ」

「わああああっ!」

「お前までウルサいぞ圭斗!」


 うねうねと、長細いヘビがサークル室の中に進入してきているではないか。確かにここは山の中だし、ありえなくはないんだろうけどさすがにヘビはダメだ。毒でも持っていたらどうするんだ。


「圭斗先輩何とかして下さい!」

「ん、発見者のお前がどうにかするべきなんじゃないのかい?」

「無理です! 圭斗先輩はお素敵でいらっしゃるのでそのオーラのような物で何とかして下さい!」

「俺は無理なんだっつーの! お前がやれ!」

「だからホントムリなんです!」

「圭斗、ノサカは虫すら怖がって叫ぶんだぞ。ヘビを対処できるとでも思うか?」

「俺だってヘビは勘弁だ!」


 相変わらずヘビはうねうねと床を這っている。俺と圭斗先輩は椅子の上にしゃがみこみ、わあわあと大騒ぎ。それを菜月先輩が冷ややかな目で突き刺すという構図。と言うか圭斗先輩の一人称「俺」がなかなかレアなヤツだ!


「ったく、しょうがないな」

「えっ、菜月さん、まさか……やるのかい?」

「後ろに回って……それっ」

「ナ、ナンダッテー!?」


 棒を手に標的の後ろに回ったかと思えば、次の瞬間菜月先輩はヘビを首根っこから掴んでいるではないか。確かに菜月先輩は虫などに動じないお方ではいらっしゃるけど、まさかヘビをも掴めるだなんて思わないじゃないか! 格好良すぎてときめく!

 ヘビを掴んだ菜月先輩は、それを俺や圭斗先輩に見せてくる。見せなくていいからさっさと捨ててくれないかとは圭斗先輩。これだけへっぴり腰でヘタレな圭斗先輩もそれはそれで良きものなので素晴らしいですね!


「圭斗の車の前に置いてきたぞ」

「何てことをしてくれるんだ」

「嘘だけど」

「悪質だな。と言うか、どうしてヘビなんか掴めるんだ」

「確かに。ヘビが掴めて犬がダメなのは正直意味が分かりません」

「自分をアイドルだと思いこむ作戦だ」

「ん、農業や開拓でも始めるのかな?」

「もしもサークル室にスズメバチが巣を作っても菜月先輩が何とかしてくれそうな響きですね」

「このガヤどもめ」


 今日はもう菜月先輩が素敵で目が覚めたし、ヘビが歩いてたのにゾッとして暑さもちょっと引いた。幼少の頃の菜月先輩は野生児……もとい、森の妖精のようだったという話は聞いたことがあるけど、それでもヘビを掴めるのはスゴすぎる。


「にょろにょろで思い出したけど、今年の丑の日っていつだっけ」

「明日だよ」

「うなぎが大丈夫でヘビがダメなのもわからないぞ」

「ん、全然違うよ」

「俺はどっちもダメなのでセーフですね!」

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