踏み込む夏のステップ

「みーぎっ、ひだりー、みーぎっ、ひだりー、どんどどんどどん、う~、やっ!」


 三浦が訳の分からないステップを踏んでいる。三浦だから誰も暑さで頭がどうかしたかみたいなことを聞いたりはしないけど、それでも事情を知らずに見ている分には十分おかしい。


「さっちゃん、この暑いのに元気だねえ。それ、何の踊り?」

「向舞祭の緑大チームに入ったんですよ!」

「えっ、踊る方で出るの!?」

「踊らない方があるんですか?」

「あっ普通はそっか。カズがスタッフ側で召集されるとかでひーこら言ってるから」

「えー! 慧梨夏サンのかれぴっぴさんも向舞祭出るんですか!」

「スタッフねスタッフ。踊らないから」


 向舞祭というのは夏の盆時に向島エリア全域で行われるよさこい系の祭だ。俺は今年向島に来たばかりだからよくわからないけど、星港の中心部の道路は交通規制がかかるらしいし、結構大規模な祭らしい。

 三浦はそのチームに加入して、その振りを覚えているところ。つーかチームなんかあったのかというその程度の認識で。まあ、緑大はデカいし出る奴くらいいるだろうけどまさか大学でチームを持ってるとは思わなかった。

 慧梨夏サンの彼氏さんはサークルの関係でスタッフとして向舞祭に参加することになっているらしい。曰く大人の事情。あの大舞台で音響を担当するとかそれは純粋にカッコいいと思うし、慧梨夏サンも誇らしげだ。


「つか大学のチームって募集とかやってたのか?」

「ポスター貼ってあったよ。面白そうだしやってみようかなーって。足が治ってよかった!」

「つか捻挫してた時によく踊ろうと思ったじゃん?」

「眠れる三浦の踊りたい衝動がね、目覚めるんですよ鵠沼クン」


 少し前、三浦はサークル中に捻挫をしていた。それで思うように動けなくなったからこそ踊りたい衝動が目覚めたらしい。興味本位で松葉杖を自らレンタルした奴のやることかとも思うけど、黙っておく。


「さっちゃん、チームってどんな感じなの?」

「ダンス部とか体育学部の人が振り付けとか技術的なことをやってくれて、三浦をはじめとする少数の賑やかしはガチ勢の邪魔をしない程度に頑張るって感じです。チア部の人のリフトがすごいんすよ!」

「何だそれ。結局体育のチームだったら全学的にメンバー募集しなくたって体育だけでやってた方がいいんじゃん?」

「顧問の先生からも三浦はイロモノみたいに見られてますよ」

「それでよく続いてるなあ」

「つか顧問とかいるのか」


 体育学部の学生が中心となったチーム編成の中で、三浦は周りの足を引っ張らないようにするのに必死らしい。決して三浦が酷すぎるというワケではなく、周りのレベルが高すぎるのだ。

 ただ、三浦は持ち前の体力で何とかついて行っているし、女子としては高めの身長や長い手足は体育学部から見ても羨ましがられるそうだ。そして何よりもコミュ力の高さがチームから置いて行かれない秘訣。


「顧問の先生、三浦にアイス2つくれた」

「顧問もよくやるな。サークル扱いだったら緑大の教授じゃん?」

「メディ文のラジオの先生だよ、あのヒゲの」

「あーはいはい、佐藤さんな!」


 ……と、緑大向舞祭チームの顧問が佐藤教授だとわかった瞬間慧梨夏サンの顔が固まり、三浦に詰め寄るのだ。何もされていないか、何かあったら警察を呼ぶんだと。随分物騒じゃん?


「慧梨夏サン、あの先生何かあるんすか?」

「セクハラがひっどいんだよ。あのゼミ毎年セクハラが原因で女の子やめてくし。人格がアレで有名。さっちゃんホント気をつけて。何かあってからじゃ遅いから」

「俺、佐藤ゼミ気になってるんすけどマズいすか」

「本当にやりたいならいいと思うよ、鵠っち男子だし。でも女の子は本当に覚悟しなきゃダメ。さっちゃん防犯ブザー持ってる? ないなら買ってあげるよ」


 慧梨夏サンがガチだ。あんまり慧梨夏サンがガチなモンだからさすがの三浦も引いてるし、佐藤教授がよっぽどアレなセクハラをする人なのだろうと想像させる。俺は男子だからその心配はないだろうけど、どんだけだ。


「とにかく、練習ばっかりで毎日日焼けして大変ですよー」

「夏が終わる頃には炭になってんじゃん?」

「なにそれー! もー!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る