そういうことじゃないんだよ

「あいててて」

「ちかちゃん大丈夫?」

「俺は大丈夫です。でも伊東さんごめんなさい急に突き飛ばしちゃって」

「そんなの全然! アタシがちかちゃんに助けてもらったんだからね。はい、これでオッケー! 汗で浮いて来るかもしれないけど」

「ありがとうございました」


 俺のバイト先はスポーツ用品を扱っている物流倉庫。冷暖房はない。涼しい事務所で伊東さんから応急処置を受けていると、通りかかった人たちからどうしたのと聞かれること数回。右腕にはシップが貼られ、その上から薄い包帯で固定されている。

 さっき、2階の吹き抜けから段ボールが落ちてきた。その真下を歩いていた伊東さんを夢中で突き飛ばして。降って来たケースはそのまま右腕で受けた。大きさも重さもあるものだったから腕が痛み出して。


「伊東さんも無事だったし、製品も壊れてなくて良かったー」

「何言ってんのちかちゃん、それで自分がケガしちゃダメじゃん」

「大丈夫ですよ。俺、頑丈なのが取り柄なので」


 そういう問題じゃないんだよ、と伊東さんが怒っている。伊東さんはひとつ年上の派遣社員さん。緑大の4年生で、カズの実の姉さん。そう言われると顔がよく似てるんだよね。

 伊東さんからお説教を受けていると、伊東さんに援軍が。主任だ。これは一歩間違えばという事故。もし次こんなことがあっても荷物を受け止めるなんてことはしないようにと厳重注意。


「女の子を守ったのは個人的にはよくやったって褒めたいよ。でもね大石君、咄嗟のこととは言え、あんまりよろしくないよね。下手すれば死んじゃうから」

「でも主任、どうして上から荷物が降って来たんですか?」

「人材のおっさんがパレット抜けた後、荷物を蹴った衝撃で落ちたみたい」


 ウチの倉庫では荷物を積んだパレットは吹き抜けに寄せて、フォークリフトで1階に運搬する。その過程で荷物が落ちることはたまにある。でも、荷物を蹴るっていうのは聞いたことがないし、さすがにあり得ない。


「荷物蹴るとかないでしょ! 人災じゃん、ちかちゃん通院費取ろう! ホント前々からないわ~って思ってたんだよねあの人!」

「別に病院に行くほどじゃ」

「大石君、病院には行って来てね。本当は今すぐ行って欲しいくらい」


 ここから一番近い病院が今の時間帯はやってないからシップを貼るので済ませてるって感じ。主任からは病院には絶対行くこと、領収証と診断書をもらってくることを念押しされる。明日の早出も来ちゃダメだって。それは辛い。


「大体さ、あのおっさん態度がなってないんだって! 従業員の人に暴言吐くわ人の目を盗んでサボるわ。仕事出来てないクセに偉そうだし。派遣だからってあんなのと一緒にされるのホントにイヤだし何であっちの方が時給高いのかわかんない! ……っと、すみませんつい本音が」

「大丈夫大丈夫。彼の悪行は全部筒抜けてるし、今回で完全にアウトだから明日からはお断りしたよ」

「え、クビですか?」

「クビだね。あと、言うの忘れてたけど伊東さんの時給もささやかだけど上がるし、大石君も時給アップとボーナス支給だね」

「あっ、そうだボーナス! これで学費がなんとかなりそう~! ありがとうございます!」


 8月半ばまでは向舞祭のこともあってなかなかまとまって入るのは難しそうだなって思ってたけど。ボーナスは無駄遣いしないで学費に回そう。しかも時給上がるって!


「大石君自分で学費出してるってやっぱり偉いよねえ」

「全部じゃないですし、行かせてもらってるんで自分でも出さないと。兄さんには自分のお金は好きなように使ってもらいたいんで」

「でも、学費ってバイト代で賄えるもの?」

「そのために星大に入りました! 私立よりは安いんで。それに、早出して残業もすれば繁忙期なら1週間で10万ですし!」

「……大石君、時給も上がるしちょっと働き方見直そうか」

「えー! そこを何とか! 仕事させてください~! 繁忙期だけでいいんでムチャさせてくださいよ~!」

「ダメ」

「体力には自信あります~!」


 ケガの件で言ってたことがあんまり伝わってなかったみたいだね、と主任と伊東さんは呆れ顔。でも、稼げるときに稼ぎたいし繁忙期に稼がないと後々苦しくなるし~!

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