7月

Discomfort saturated

 雑記帳のページがなくなってしまった。金曜日にはあと4ページほどが残っていたと思ったのに。その原因はうちが全て書き潰してしまったからで、元を辿ればノサカが悪いと結論付ける午後4時前。

 昼放送の収録は、サークル室で午後2時に待ち合わせ。くどいけど、現在時刻は午後4時前。うちへの連絡はなし。どうせケータイの充電がなくなったとかそんなようなことだろう。

 暑いし、眠いし。お腹もすいて来たし。甘い物が手元にあればいいけど、あるのはフリスクばかりなり。フリスクでお腹は満たされないし、自販機で炭酸の飲み物でも買おうか。

 いや、1階ロビーにはカップラーメンの自販機があるじゃないか! 番組前にそんなの食べて、声がどうとか知ったこっちゃない。全てノサカが悪い。そうと決まればロビーに行こう。200円あれば足りるな。

 ラーメンに向けてうきうきと階段を下っていると、何やら外が慌ただしい。騒がしい原因であろう顔を見れば、それまでのうきうきが全部吹っ飛んだじゃないか。


「あっ…!? 菜月先輩! 派手に遅れてしまい本当に申し訳ございません!」

「ああ、本当だな。おまけにお前が今来てしまったおかげでラーメンが食べられなくなってしまった」

「ラ、ラーメン? ですか?」

「あんまりお前が来ないモンだから、腹ごしらえでもしようかと。そう思って降りてきたところにお前が来たんだ」

「それは重ねて申し訳ございません」


 雑記帳の最後の頁に、今の時間を書き加えた。こうしておくことでノサカがどれだけ酷いかを皆に知らせ、うちもそれを覚えておくことが出来る。遅れた時間の分だけ返してもらいたい気持ちだ。何を、とはまだ言えないけど。


「機材が立ち上がればすぐにでも収録を始められます」

「なんかなー」

「……はい?」

「こうまで蒸し暑いとやる気が。ラーメンも食べられなかったし。まあ、やるけど」

「申し訳ございません」


 今日のノサカは起きた時点で12時半とかなりギリギリだったらしい。その上慌てて飛び乗った電車の行き先が逆方向。改めて正しい電車に乗ったものの、ついうっかり寝てしまって終点で折り返した結果、結構な距離を戻ってしまったそうだ。

 ノサカはよく「病院に行って遅刻癖が治るなら行きたい」と言っているけど、お前のそれは病院に行ったところで治るようなモンじゃないし、治ったならそれは世界レベルの大事件じゃないかと思うワケだ。


「ラーメンたべたい」

「ええと、本日の夜に召し上がればよろしいかと」

「今食べたいんだ! バカなんじゃないのか! あーもう、さっさと番組やる。ったく何なんだお前は。理不尽に怒ってるように見えるかもしれないけど、2時間遅れてる時点で八つ当たりされる義務があるんだぞお前には」

「ええ、それは重々承知しています」


 番組はごくごく普通に収録したし、声に機嫌の悪さを乗せることもなく。ただ、テーマが七夕のあれこれだったから、多少言葉が鋭利になってしまったかもしれない。七夕と言えば、給食で出た懐かしの七夕ゼリーが食べたい。


「ノサカ」

「はい」

「ラーメンを食べるぞ」

「ええと、これからでしょうか」

「当たり前だ。スーパーに行くから、お前は荷物持ちだ」


 ラーメン屋に行きたい気もするけど、ラーメン屋だとやけ食いするには量が少ないし、お金もかかる。ここは適当な袋めんを買って大量に食べたい。もちろん、味わいもするけど。元々はカップラーメンで満たされる可愛らしい欲だったんだ。


「野菜炒めを作って、冷凍食品とかの餃子も用意して、そうだお酒も買わなきゃ」

「随分と豪勢ですね」

「付き合うよな? ついでに三井の所為で溜まったストレスの捌け口になれ。何が悲しくてアイツのデートの話をうちが昼のラーメンを食べてるのに聞いてやらなきゃいけないんだ」

「それでしたら、お付き合い致します」

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