地獄でデスパレート

 これは悪夢だ。玄関のドアを決して開けてはいけない。開けたら最後、俺は死ぬ。殺される。


「こっしー!」

「コシー!」


 インターホンは連打され、ドンドンと少し粗めにノックされる。声で向こうにマーと麻里がいるのがわかっている。恐怖しかない。俺が恐怖に震えているというのに朝霞は呑気に寝ているのが羨ましいやら憎らしいやら。


「よーし、開けてもらえないならここでコシのために歌おう!」

「ハッピーバースデーの歌だねー!」


 そんな恐ろしいことをされたら俺はこのアパートで暮らしていけなくなる。あと数ヶ月だとしても、それでもそんな恥ずかしいことはさせられない。……仕方ない、外で歌われるよりマシだ。


「何の用だ」

「雄平、来たよッ」

「おやすみなさい」

「おっと」


 まさかの顔に玄関のドアを閉めようとした瞬間、足を滑り込ませてくるのは圭斗。クッソ、向島と水鈴とか悪意しかない! つーか朝の6時前に押し掛けてくる奴があるか。コイツらもよく集まったな!?


「圭斗、足抜け。怪我するぞ」

「この事態を想定して固い靴を履いてきました」

「雄平、部屋に誰かいる? 明らかに雄平のじゃない靴が見えるんだけどッ!」

「コシに女の気配が! 圭斗頑張れ絶対足抜くなよ!」


 だあああっ、やっぱりこうなるのか! バカ野郎朝霞め、中途半端にかわいい靴履いて来やがって! 圭斗の足を隙間から追い出すべく俺も爪先で応戦しつつ扉を閉めようと必死だ。


「村井サン、麻里さん。最終兵器を投入しましょう」

「何が来ても絶対入れないからな!」

「雄平さんこんにちはッ! 水鈴の妹の奈々ですッ!」

「奈々ちゃん? 初めまして、越谷です」


 扉の隙間越しに奈々ちゃんと初めましての挨拶をする。本当はもう少し普通に挨拶したかった気持ちが強い。力だけなら圭斗なんか敵じゃないはずなんだけどな!

 奈々ちゃんには水鈴つてに俺の知り得る向島のサークルのことを話した。それが決め手になって今はそこで楽しくやっていると挨拶をしてくれている。だけど悪魔のような先輩に染まってないかが心配だ。


「それでですね、今日はみんなで雄平さんのお誕生日をお祝いするって聞いて来たんですッ」

「朝早くからありがとう。でも、コイツらを見ただろ。悪意の塊だ」

「うちもミーちゃんがいつもお世話になってるお礼がしたくって、ケーキを焼いてきましたッ!」

「こっしー、ウチのかわいい1年生がこんなに言ってるんだよー」

「奈々が悲しい顔をしてますよ。越谷さんは何をそんなに守りたいんですか」

「自分の命だ」

「うう……先輩たちとミーちゃんは雄平さんに嫌われてたんですね……」

「あ、いや、嫌ってないしいい友達だけど何て言うか――あっ、テメーら!」


 しまった、一瞬力が緩んだ。するとどうだ、その一瞬の隙を突いて連中はドアを押し破り、部屋の中にドカドカと上がり込みやがる。一番後ろにいた奈々ちゃんが連中の靴を並べてるのが申し訳ない!


「あ、あ……雄平…! アタシというものがありながら…!」

「こっしー、これ結構細身だよねえ。ロングカーデとか、もしかして女物?」

「勝手なこと言うな!」

「越谷さんが部屋に女性を連れ込んでいる現場ですか」

「これは飲んでた形跡だな。酔わせてヤることヤってたのか」

「マー、お前はベランダから放り投げるぞ」

「優しいコシがそんな非人道的なこと出来るはずねーんだよなあ」


 ちっきしょう朝霞めこんな騒動でも起きる気配がない! ホントおめでたい奴だなお前は! 起きろ朝霞!


「うーん……」

「あっ、起きるぞ!」

「その尊顔を拝しましょう」

「……うーん」


 むくりと起き上がった朝霞は、むにゃむにゃと目の周りをこすってそのままぱたりと倒れ込んだ。そして始まる二度寝。その一瞬の出来事に、奈々ちゃん以外の全員の顔が固まる。


「クッソ、朝霞かよ紛らわしいな!」

「なーんだ、カオルちゃんかー」

「奈々、彼が星ヶ丘で鬼のPと呼ばれている朝霞君だよ」

「鬼っぽさはないですけど、お客さんをベッドで寝かせてあげる雄平さんはミーちゃんの話通り優しいですねッ!」


 奈々ちゃんの言葉に目の色が変わるのは向島の3・4年だ。これから始まるのは明らかに尋問か拷問。岡島姉妹は証人と言ったところだろうか。


「圭斗さん、出口封じて」

「わかりました」

「こっしー、これからお姉さんたちが盛大に誕生日を祝うからねー」

「いっそ殺してくれ」

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