燃え尽きた先の道

「それでですよ越谷さん丸の池なんですけど、枠が1時間あるんです、1時間。それでですよ越谷さん丸の池なんですけど、1時間の枠が2日間あって、1時間ですよ。それでですよ越谷さん」


 朝霞がうちに押し掛けてきた。すでに半分出来上がっているような状態。今まで洋平の店で飲んでいたらしい。左手にはパンパンのワンショルダーバッグ、右手には酒瓶。コンタクトを外し、カーディガンを脱ぎ散らかして現在に至る。

 酒を飲むと朝霞は喋りたがる。相手の前提や事前情報の有無なんかはどうでもいいらしく、とにかく喋りたがる。今も、班に入ったらしい後輩の誕生日を洋平の店で祝ってからここに来ていて、そんなことより丸の池なんだと。


「台本を書くのが楽しくて、でも山口が邪魔してくるんで戸田に監視してもらってー、没にされたときに備えていろんなパターンも準備しなきゃいけないし台本を書くのが楽しくて、ふぁ~あ、それで」

「朝霞、大丈夫か。その調子だと碌に寝てないんじゃないのか」

「授業中に寝てます」

「ちっとも大丈夫じゃないな」

「大丈夫ですよ、越谷さんの教えを守って3年では履修に余裕が出来てますしテスト期間がもったいないんで出席かレポート100%の授業しか取ってません」

「俺はそこまで極端にやれと言った覚えはないぞ」


 朝霞は何においてもステージが生活の中心なのだ。誰かが見ていないと寝ず食わずは当たり前。去年は班長としての権限をフル活用して無理矢理休ませてたけど、今年はどうなるやら。


「インターフェイスの方はどうなんだ」

「インターフェイスはですね、ファンフェスも終わったんで次は夏合宿ですね。ただ、その辺は戸田ですね。ミッツがめんどくさいらしいです」

「そうか」

「あっ聞いてくださいよ越谷さん、インターフェイスと言えばこないだ定例会で飯行ったんですけど、そこで俺がヤバいみたいな話になって」

「ん? お前は自分をヤバくないと思ってるのか」

「越谷さんまで! 俺の何がヤバいって言うんですか!」


 どこからどう見ても生活の全てをステージに振るところとかがヤバいと思うけど、それを包み隠さず言うとさらに怒り出すんだから何だかな。どんなにステージに熱いヤツだって、さすがに寝ず食わずにはならねーんだよ普通は。


「元々は将来の話だったんです。みんなそれとなくイメージしてるっぽいんです卒業後のことを。カズはおかしいにしても他のみんなも墓を守るとか玉の輿みたいな目標があって。でも俺には漠然としたものすらないんですよ。3年だからってまだ全然考えられなくって、今は目の前のステージのことしかわかんなくって、山口や越谷さんみたく進路の希望がはっきりあるワケでもなくって、それじゃあ部活が終わったら俺には何が残るんだろうとか、将来のことを考え始めてしまうんだろうかって、あれおかしいな、気持ち悪い。こんなこと考えてる自分が気持ち悪い

。越谷さん今のなし、なしです。今は将来のことなんて邪魔でしかないんで今のなしです」


 朝霞にも一応漠然とした不安は存在するらしい。酒が入ってなきゃ「今のなし」と我に返るような話をすることもなかっただろう。将来のことをまだ考えていないのかという話になると辛いところがあったようだ。

 良くも悪くも朝霞にはステージしかない。ひとつ終わればまた次へと向かっていけるけど、その先のことになると一寸先も見えないのだ。朝霞の先を延々と照らす物はない。己の熱量を光に変えて、それが届く範囲しか見ることが出来ないのだろう。


「心配するな朝霞。お前はこれという目標が出来ればそこに向かって誰よりも強く進んでいける奴だ。だから今は“お前の思う”やるべきことをやればいい」

「……ありがとうございます。ステージやってていいんですよね」

「ああ」

「もし、その先で何も見つからなかったら」

「少し休んで、視野を広げればいい。狭く深く突き詰めることも、広く浅く触るのも、どっちも大事だ」

「ありがとうございます」


 ステージをやっていていいと言われて朝霞はほっとしたのだろう。ふっと力が抜けたかと思えば床に倒れ込んでいて、次の瞬間にはもう寝ていた。さすがに床に転がしとくワケにもいかないからベッドに放り込む。


「ったく。ナントカな子ほどナントカだな」

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