錠の理由
「あ~、も~!」
「ガシャガシャうっさいぞ洋平!」
「手錠とか拷問だよネ!? 柱あるから身動き取れないし~! 俺が何したって言うの~!」
鈍い銀色の柱を抱くように腕で輪を作らされ、手首には手錠をかけられている。外してみようともがいてみるけどビクともしない。鎖と柱がぶつかってこすれる音だけがやたら響く。
「台本書いてる朝霞サンの周りでちょろちょろするからこうなってんだろ」
「つばちゃ~ん、手錠の鍵持ってる~?」
「持ってるけど、今アンタを解放したらアタシの命がないから」
どうして俺が拘束されているのかと言えば先述の通り、ステージのタイムテーブルが出て台本を書いている朝霞Pの周りでうるさくしたから。さすが3年目だよね、何もかも想定済みって感じで手錠まで準備するとか。
「ただ、アタシ“は”鬼じゃない」
チャリンと音を立てて地面に落ちる鍵。ギリギリ足で届くか届かないかって距離。買い出し行って来るね~とつばちゃんは行ってしまった。つまり、足だけでこれを拾って手錠の鍵を開けることが出来れば俺は自由。
「足さばきには、自信あるんだよね~」
とりあえず鍵を手元に引き寄せること。足を伸ばして、爪先に集中。
よし、あと少し…! もうちょっと、もうちょっと~…!
「あっ」
「何だか面白いことやってんねえ、洋平。これに用事があんのかい?」
「由宇ちゃ~ん! そう、それ! 助けて!」
鍵を拾い上げたのは、魚里班班長の魚里由宇ちゃん。一言で言えば姐御って感じ。つばちゃんは現・魚里班出身で、由宇ちゃんのことをうお姐って言って慕ってる。ちなみに魚里班は反体制派。
「何だってそんなことになってんだ。朝霞か」
「そう! 俺が朝霞クンの周りでうるさくしたからって~! つばちゃんは買い出しに行っちゃうし~!」
「ふーん。じゃ、もうちょっと頑張りな」
「え~!?」
再び絶妙な距離に戻る鍵。うう、しかも最初よりちょっと遠い気がする。もうちょっと頑張っていると、またまた誰かが近付いて来る感じ。
「あっ! シゲトラ~! 助けて~!」
「ん? どーしたんだ洋平。つか手錠とか物騒なことになってんな!?」
「そこに鍵落ちてるデショ!? 気持ち近付けてくれる!?」
「何でそんなことに」
「朝霞クンの周りでうるさくしたら~」
「じゃあダメだ。俺も命が惜しい」
「そんな~!」
シゲトラもダメか~! いっそ誰でもいいから助けてほしいよね! ただ、シゲトラは気持ち鍵を俺に近付けてくれたし、これでもうちょっと頑張れそう。それっ、それっ!
「でさー、俺はもうちょっと軽快なリズムにするべきだと思うんだってー」
「お前の指と息がついて来るならテンポ早めるのも好きにしていいけど」
「よっしゃー、やるぞー! ……ん?」
続いてやってきたのはタンバリンを持ったスガノ君と、鍵盤ハーモニカを持ったカンノ君。班の練習から帰って来たのかな? 朝霞班と菅野班は班同士の関係が決して良くないけど、助けを求めるだけ求めてみよう!
「あっ、スガノ君! カンノ君!」
「洋平。どうした?」
「うっわー、物騒ー!」
「そこの鍵、気持ち俺に寄せてくれるかな?」
「洋平、誰にやられたんだ」
「朝霞クンの周りでうるさくしてたらさ~、この通り」
「ちょっとうるさくされたくらいでこの仕打ちとか。Pなら気は長く持つべきだろ。朝霞は短気すぎるんだ」
「スガ、それは俺がウルサイって言ってる?」
「ねっ、いいから鍵!」
「個人的には解放してやりたい気持ちだけど、立場というものがある。残念だけど、戸田の帰りを待つんだな」
そう言って鍵を拾い上げたスガノ君は、それを俺の手の届く範囲に落として行ってしまった。うう~、やっぱり持つべきものはサッカーで結ばれた絆の友! そういうことにしておこう!
シャンシャンと、タンバリンの音が少しずつ遠くなっていく。あとは自力で頑張ろう。手で拾い上げることが出来ればこっちのもの。口だってあるワケだから。
「うん、この感じ。燃えるでしょでしょ~」
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