世界レベルの何かが
「俺はそろそろマジメに世界を狙っていくべきだと思う」
「どうしたんですかシゲトラ先輩」
「ベル、1年振り3回目だから触れちゃダメだよ」
これは“世界のシゲトラ”のいわゆるアップデート宣言。夏の丸の池ステージのタイムスケジュールが発表されて、各班それに向けて動き出す頃合い。だからというワケではなく、単純に今日がトラさんの誕生日だからだ。
トラさんは毎年誕生日になると神妙な面持ちで「世界を狙っていくべきだと思う」と言い始める。だから具体的に何をするとかではなく、今日から俺は“世界のシゲトラ”としてさらに邁進しなければならない、とかいう宣言でもある。
実際、ヒビさんが言うように1年振り3回目のそれだ。俺は2年だから2回目だけど、3年生ともなればこれを聞くのも3回目。ヒビさんは誕生日のトラさんに触れると面倒なことになるというのもすっかりわかりきっているんだと思う。
「いや、聞けよ響人!」
「俺、台本書くのに忙しいから」
「ファンフェスの反省を踏まえていつもより動き出すの早かっただろーが! 余裕だろ!?」
「俺だから無傷だけど、朝霞だったら殴られてるよ」
「いや? 俺は鎌ヶ谷班だし朝霞とかいう見えきった地雷はテスト前でもない限りノータッチ!」
「班長なんだしもうちょっと落ち着いたら。ねえ白河」
「えっ!?」
まさかの俺!? あ、いやーどうしよう。トラさんに触れたらめんどくさいのはわかりきってるっていうのにヒビさんは俺にトラさんの扱いを投げてる! あー、こんなときゲンゴローがいればな~!
ガチると“世界のシゲトラ”ってそもそも何だよってところから始まってしまうヤツで。本人がずっとそう言ってるからそういうモノなんだと思って触れてこなかったけど、世界のシゲトラって何だ。
班長として世界なのか、ミキサーとして世界なのか。はたまたもっと他の。確かにうちの部だったらトラさんは幹部にも一目置かれるミキサーだし、ミキで班長っていうのもまた珍しい。人望もある。でも世界って言われるとぶっちゃけ意味不明だ。
俺が頭を抱えるのを後目にヒビさんは台本に集中し始めたし、トラさんは班長だからこうあるべきという固定概念は捨てるべきだと演説を始めた。班によって色は違う。立場もある。その状況に応じてどうするべきかを自分で考えた結果がこうだ、と。
「マロ~、響人がツレねーんだけど!」
「ヒビさんだからこの程度で済んでるのはガチじゃないすか? 朝霞班のブースから洋平さんの悲鳴めっちゃ聞こえてくるじゃないすか。あ、今も」
「洋平はほら、朝霞から虐げられることに悦びを見出すドMだし」
「えっ」
「いや? 半分冗談だ」
「半分はガチじゃないすか。つか朝霞班って物騒っすよね。戸田もよく洋平さんボコってますし。ゲンゴローは大丈夫かな」
「いや? 朝霞にしろ戸田にしろ、洋平が殴りやすいんだろ」
「ええー……」
「せっかく来てくれたミキサーに逃げられてみろ。それを抜きにしても、アイツらはゲンゴローには手を出さない。大丈夫だ」
時々トラさんに対して思うのは、周りの人に対する信頼がどデカいなっていうこと。こないだ不安がってたヒビさんにも、今いるメンバーが鎌ヶ谷班のベストメンバーだって言ってくれたし(それからゲンゴローはいなくなったけど)。
そうやって信頼してくれてると俺も頑張ろうって思うし、ナンダカンダでトラさんについていっているのはそういうところなんだろうなと思う。班長としての器で言えばこの放送部という世界で指折りだし、俺はトラさんが最高の班長だと思う。
「あ、そうそうシゲトラ」
「おう、何だ響人! 何でも来い!」
「世界を狙うからには、テスト期間も余裕を持って練習に来てくれるよね」
「……あ、えーと」
「ノート目当てに朝霞とかいう見えきった地雷に突っ込んで爆死しないよね」
「に、肉片になっても練習には来ます……」
「ダメそうだね」
……トラさんは確かにいい班長ではあるんだけど、少しだけ、前言を撤回したいかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます