差し入れ ハナのパン祭

 おはよーございまーすとハナちゃんがサークル室にやってきた。手には大きな紙袋。側面には小麦のマーク。パン屋さんの袋かな。俺もよくパンは焼くけど、さすがパン屋さんのパン。香りがすっごい立ってる。腹減って来た。


「ハナちゃんそれどうしたの?」

「ハナ、“ナチュール”ってパン屋さんでバイトしてるんですけど、商品にするにはちょっとしょぼんな物をもらえたので差し入れでーす」

「えっ、“ナチュール”って美味しいって評判じゃん! ハナちゃんあそこでバイトしてんの!?」

「そうなんですよー。とにかく、好きなのどうぞ! 年功序列でカズ先輩から選んでください」

「わー、ありがとー」


 とりあえず、何パンがあるのかを見るためにアナウンサー席の上にパンを広げていく。しょうがないよね、それ以外に机がないし。床に広げるのはちょっとね。

 総菜パンから菓子パンまで本当に種類が豊富。って言うか見た目じゃ何が商品にするのにはしょぼんなのかはわからないんだけど、味に影響はないってことらしいので本当にウキウキしてるよね。


「えっと、じゃあ俺はメロンパンをもらおうかな。ありがとう」

「おはよう。どうしたの、みんなアナウンサー席に集合して」

「ヨシおはよー。ハナちゃんからの差し入れー。すげーよ、ナチュールのパンだぜ!」

「へえ、前に高崎が言ってたね、あそこは美味しいって。何だっけ、高崎の好きなの」

「あっ、ユノ先輩! 今3年生のターンなのでユノ先輩も好きなのどうぞー」

「じゃあ、俺はぶどうパンにするよ。ありがとう」


 あー、そっか。美味しいって話は高ピーからも聞いてたのか。高ピーはフットワークが軽いし方向感覚が神だからなー。地図見たら一発で行けるとか、ド方向音痴の俺からすればマジで憧れる。


「そう言えば、今日は高崎先輩って」

「そのうち来るんじゃないかな」

「じゃあ、取っといた方がいいですよね高崎先輩の好きそうなの。でもハナはわかんないんで先輩たちのセンスで寄っといてもらっていいですかー?」

「カズ、この中だとどれが好きそう?」

「無難にコロッケパンか、多分こっち。このすっごい甘いいい匂いのヤツ」

「あー、わかる」

「メープルくるみカステラですね! これ、すっごい美味しいんですけどすっごい甘くて重くて、カロリーめっちゃしょぼんなんですよー。高崎先輩ってこういうのが好きなんですか?」

「そう。高ピーってすっごい甘くて重いのが大好きなんだよね」


 すると、何というタイミングだろうか。高ピーの好きそうなパンを弾いた瞬間、その高ピーがサークル室にやってきたのだから。ヨシと同じように何の騒ぎだと一瞬首を傾げるけれど、事情を説明したら乗って来るのがさすがですね。


「一応俺とヨシで高ピー好きそうなの取っといてみたけど、好みと違ってたらゴメンね」

「あっ! メープルのカステラじゃねえか! マジかー、これめっちゃ美味いんだよな! ハナ、サンキュ」

「どういたしましてー」


 よくあるカステラサンドの中身がメープルシロップにマーガリン、バニラクリーム、そしてクルミがこれでもかと敷き詰められたメープルくるみカステラ。よほど嬉しいのか高ピーが「どちらさまですか」ってリアクションしてるよ。

 多分今期のサークル始まって一番の目の輝き。普段なら炭水化物オン炭水化物って感じの焼きそばパンやコロッケパンを選んでるだろうけど、今回ばかりはそれらが目に入ってないっぽい。


「高ピー、これそんなに美味しいの? 一口もらっていい?」

「ああ。お前なら食えるだろ」

「ん。あっま! でも確かに美味しい。これは一気に全部は食べらんないなー」

「あ? 余裕だろ」

「ウソでしょ」


 3年生にパンが行き渡ったところで2年生と1年生にも配給される。サークルが本格的に始まるのはその列が解散してから。たまにはこんな日があってもいいよね。今回は高ピーが一番ノリノリだったし。


「ハナちゃんありがとう。今日初めてまともな物を食べるかもしれない」

「えっ、ちょっと待ってタカティ。どんな生活してるの…!?」

「ちょっと、寝坊でさ」


 ん? どうやらここに来て堕落の道に進みそうな1年生がいるぞ?

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