幸せは闇の中

 定例会メンバーが5人揃って会議終わりの飯に行くという超絶珍しいイベントでのこと。話題は結婚観や将来のことについてっていう、まだ少し早いけど、それでも大学3年らしい内容へと自然にシフトしていた。

 俺は慧梨夏のこともあるから割と具体的に考えてるし、圭斗は野心に溢れる将来像だった。ちーちゃんはまったりふわふわしてるけど、叶ったらいいなっていうささやかな願い。そしてビッキーは玉の輿。

 ここまではいい。問題は、結婚観、そして将来像という単語をどこかに忘れて来ているのではないかという鬼のプロデューサー様。何を聞いても返ってくるのは「イメージ出来ない」「わからない」ということばかり。


「ちょっと待ってカオル、結婚はともかく将来のことって考えない?」

「将来っていうのはどれくらい先?」

「大学卒業したくらいからでいいよ」

「そもそも、今現在まだやるべきステージが残ってるのにその先の事なんて想像出来るか?」

「ダメだ、カオルの基準がステージだった」


 よっぺもそんなことを言っていたような気がするんだけど、カオルがイメージできるのは「次のステージまで」というごく限られた短い期間までらしい。今だったら8月にある丸の池ステージまでかな。


「将来のことを考え始めるのは部活を引退してからかな」

「僕も将来のことをイメージ出来ない人を知っているのだけど、朝霞君のそれは彼女とはまた違うパターンのようだね」

「で? 圭斗の言う“彼女”っていうのは」

「ん、菜月さんだね。菜月さんは将来のことを考えるのが怖いようだからね。今が一番、今しか見たくない。2、3年先すら生きているとは限らないじゃないか、ってね。だけど、朝霞君の場合はひとつずつやるべきことを片付けてから「さて次だ」と一歩一歩進んでいく感じだね」

「俺も人の事は言えないよねー。実際結構ふわふわしてるもん。幸せな家庭を築きたいとか、最悪お墓を守れればいいかーってくらいだもん。じゃあ、幸せって何とか、お墓を守るためにはどうするのかっていうことは考えてないし」

「大石クンそれ言い始めたらキリないよ。アタシだって玉の輿だよ? これ以上ない不確定要素だからね。自分で稼いだ方が早いってよく言われるし」


 結局、いつぐらいに結婚して、子供は何人で、家や貯金、保険のことまでああだこうだと人生設計を立て始めている俺が異質なのだとこの場では結論が出された。結婚に対する現実味と真剣さがその差を生んだのだろう、と。

 だけど、ちーちゃんの言う「幸せって何」という言葉が引っかかる。幸せって何だろう。慧梨夏と結婚して、子供が生まれて、俺は仕事でもキャリアを積んで、それから? 金なのか、家族なのか。はたまた。


「何も結婚が絶対とか全てじゃないしな、今って。何かしら仕事をしないと食っていけないからそれは否応なしに考えることになるけど、結婚は別にしなくたって飯は食えるし」

「……って言うか朝霞の場合は物理的に誰かに食べさせてもらわないと死ぬ可能性はあるよね」

「いくらなんでもそこまでじゃねーよ大石」

「朝霞君の場合は酒に酔った勢いでの授かり婚なんかもあり得るね」

「いやちょっと待て圭斗お前俺を何だと思ってるんだ」

「ん、朝霞君の酒癖を見ていると無きにしも非ずかな、と」

「朝霞クンの生存本能が無意識でご飯を食べさせてくれそうなお嫁さんを捕まえに行くってこと?」


 幸せって何だろうっていうのは考え始めるとキリがない。上を見ても、下を見ても。将来に関しては不安もあるけど、それでもいろんなことを考えていかなきゃいけないんだ。

 この5人でも考え方は全然違う。誰がどんな幸せを掴みに行くのかはわからないけど、いつかどこかでまた今みたいに話せる時が来たら、あの時はこんなことを言っていたけど実際どう、なんて答え合わせもしてみたい。


「すげーなカオルの本能。野性って感じ」

「いや、だからお前ら何なんだ、俺はそこまでヤバくねーよ」

「ん、朝霞君は自分をヤバくないと思っている」

「ん?」

「ん」

「うん」

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