ザンマイ・ホーダイ
「おはよー。みんなー、クッキー食べるー?」
大石先輩がクッキー屋さんの袋を提げてきた。紙袋いっぱいにクッキーが詰められていて、これだけ買ったらいくらするんだろうって恐怖すら覚える。だって、“アンツ・フィオーレ”って結構高いお店。
2年生の先輩はさっそくもらったクッキーを食べていて、美味しい香りがこっちにも漂って来る。まあ、くれるって言うんだから私ももらって大丈夫かな。自分じゃなかなか買えないし。
「アオも食べてー、いっぱいあるんだー」
「では、いただきます。味の種類なんかは」
「えっとね、種類はあんまりないんだ。これがプレーンで、こっちがチョコチップ。それから、茶色いのはチョコレート。緑色のが抹茶ミルクで、その横はほうじ茶。あれっ、ミドリは?」
「今日は情報センターですよ」
「そっか、残念だなあ」
大石先輩曰く、たまたまクッキー屋さんの前を通ったら詰め放題イベントの日だったらしい。店頭に並ぶレギュラー商品の値段や、先に詰めている人の平均枚数などを瞬時に計算した結果、やるしかないと判断。
袋からはみ出していても、落ちなければオッケーという割と緩いルール。さすがに手やトングで支えるのは反則のようだけど、クッキーとクッキーの間にさらにクッキーを刺して、というのはセーフ。
ほうじ茶クッキーはきっとミドリが食べるだろうなあと思って詰めたそうだけど、そのミドリはバイト中。最初にほうじ茶、という人はやっぱりなかなかいない。
「何だかんだいっぱい詰めれちゃったんだもん。みんなで食べなきゃなくならないなと思って」
「大石先輩って、この手の競技が本当に向いてますよね。集中力を高めて己の限界に挑戦するという系統の」
「えっと、褒められてるのかな」
「はい。褒めてます。パズルゲームのスコアもまだ破れませんし」
ほうじ茶クッキーをつまみながら考えるけれど、私には大石先輩がさらにわからなくなるのだ。悪い人ではないんだろうけど、やっぱりどこかのんびりしすぎていると言うか。
石川先輩が言うには、大石先輩は他人が絡むと途端に無能化するとか。自分のことだと決断力はむしろ凄いし、ゲームにしても延々とスコアを競うタイプのものだと簡単には破れないスコアを出すのに、相手があると途端にダメになるって。
「おはよう。って言うか、匂いが甘い」
「あ、おはよう石川。クッキーがあるんだ。よかったら石川もどう?」
「じゃあ、もらおうかな。この茶色いのは?」
「こっちがチョコレート。薄いのはほうじ茶」
「じゃあ、チョコレートを。大石、ありがとう」
「どういたしまして」
サークル室で会うのは久し振りになる石川先輩も、ごく自然にクッキーをつまんでいる。確かにUHBCの人はお菓子が好きで油断するとお菓子パーティーみたいになるとは聞いていたけど。
石川先輩もごく自然にクッキーを齧っているところを見れば、この人もこの件に関してはさほど他の人とは変わらないのか。一応誤解のないように言っておけば、別に私がお菓子を嫌いとかそういうわけではない。むしろ好きだし。
「アンツ・フィオーレの詰め放題か」
「そうなんだ。たまたま通りかかってさ」
「でも、袋ってそこまで大きくないだろ。よくこれだけ詰めたな」
「こう、刺すような感じで。あと、種類を増やすとデッドスペースが大きくなるからそこは厳選して」
「お前、やっぱナントカ放題系に掛ける情熱が半端じゃないよな。詰め放題とか食べ放題とか」
「同じ値段ならいっぱい詰めなきゃってなるんだもん」
俺も1枚食べたらサークルの活動を始めよう、と大石先輩が宣言をする。そして、手元にある白い紙で袋を作り始めるのだ。その中に詰めるのは、ほうじ茶クッキー。
「石川、サークル終わったら研究室に戻るでしょ?」
「その予定だけど、どうかした?」
「情報センターに寄って、これをミドリに持って行って欲しいんだ」
「ほうじ茶クッキーをか。いいけど、俺はその“ミドリ”と会ったことがないから顔もわからないぞ」
「えっと、髪型とかは俺に近くて、丸眼鏡かけてほわ~ってしてる子! 背はあんまり大きくないよ」
「わかった。じゃあ、行ってみるか」
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