6月

見えざる神の手

「お久し振りっす」

「よう高崎、来たね」


 とあるマンションの一室に、その人は居を構えている。向島4年の村井サンだ。俺が今日村井サンの部屋に呼び出されたのは、いろいろと事情が重なってのこと。まあ座って待っててくださいよ、と部屋に通される。

 数分後、インターホンが鳴って俺と同じように呼び出されていた菜月が到着する。菜月の部屋はここから徒歩5分ほど。本当にさっき呼び出されたとかそんな感じなのだろう。いつもよりラフな服装だ。


「今日ここであったこと、見た物聞いたことは内緒ね」

「俺らはただ呼び出されたワケでもないんすね」

「お前を呼び出したのは、三井が緑ヶ丘のサークル室に不法侵入したっていう件についてな。ちなみにそれは圭斗から聞いた」

「ああ、伝わってんすか」

「菜月を呼び出したのは三井が対策委員に過度の干渉をしてる件な。それはさる筋から聞いてる」


 俺たちが呼び出された事情が思いがけずガチだったことで、酒のひとつでも手土産に持ってくるべきだったかという考えは薄れた。ファンフェスも終わって、俺も菜月も過去の人だ。その過去の人が耳に入れておかねばならない話というヤツだろう。

 村井サンの情報収集力は凄まじい。人望とか人脈とかが成すことなんだろうけど、インターフェイスのメディアネットワークという物は大体この人に繋がるように出来ていると言っても過言ではない。


「三井は緑ヶ丘のサークル室を見てさらに思い上がってるみたいだな」

「てめェの理想なんざ知るかよ」

「せめて1・2年生は今のインターフェイスの温い空気から守らないといけないっていう正義感? それで動いてるみたいなんだな。で、空気を温くしてるのは誰か」

「俺と伊東だって言ってるみたいっすね。果林から聞いてます」

「それで1年生が最初にインターフェイスに出るイベント、つまり初心者講習会で強烈な印象付けをして、自分と共鳴する奴を増やそうって魂胆だ」

「ノサカが目に見えて病んでます。薄々察してましたけど思ってるより悪質ですね」


 三井の不法侵入を経てMBCC3年と果林で飲みながら会議をしていたときの話によれば、三井は対策委員の意向をガン無視して講師にプロのラジオパーソナリティーをブッキングしたらしい。

 対策委員にはそれが誰なのかも伝わってないし、三井が俺たち講師候補の3年に初心者講習会に出てくるな的なメールを送って来やがったことから対策委員の三井に対する不信感がマックスになっている。


「菜月、お前はそれとなく野坂のことを見とくといいかもね。アイツもああ見えて案外脆いっしょ? いざとなったらフォローしたげて」

「はい」

「高崎、伊東はどうしてる?」

「あー……最近めっちゃピリピリしてます。次何かあったら俺も止めれるか自信ないってトコまでキてるっすね。意識して気にしないよう努めてはいるっぽいんすけど」

「そっか。いざとなったら村井おじちゃんのとこに連れておいで。アイツの手を汚させちゃイカンでしょ」

「あざっす」


 村井サンから俺たちに課せられたミッションは、影として動くことだ。この件で特にヤバイことになっている奴を、いざとなればフォローすること。

 そして、この件に関して村井サンの知っているだけの事情も語られた。野坂だろうと伊東だろうと、この場にいない奴に口外しないことを条件に。現役の知らないところでいろいろ動いてんな、と。


「対策委員だった立場で言えば、ふざけんなって感じっすね。何で今の対策委員を置き去りに上の方で話が進んでんだって」

「同感です」

「うん、だからね、本当は俺がこうやってお前たちを呼び出すのもどうかな~って思ったのよ。俺も対策委員だったしわかるよ。でもね、野坂と伊東だけは外からのフォローが必要だと判断したワケよ」


 村井サンがここまで言うからにはガチなのだろう。普段はおどけたような感じで悪乗りが凄まじいが、それだけで今の位置にあることはない。鋭い洞察力に人望、度量。そしてミキサーとしての技術も上乗せされている。


「はい! 真面目な話おしまい! 高崎~、久々だし飲んでくか!」

「いや、つか俺二輪で来て」

「帰らなきゃいいじゃない」

「マジすか」

「帰るって言ったら麻里を呼びます」

「飲みます」

「よーし決まり! そうとなったら下のコンビニで飲むモン調達すっぞー! 菜月、お前も行くぞ」

「って言うか村井サン健康診断肝臓引っかかったんじゃ、それに明日の授業がありますし!」

「お前がいつマトモに授業なんか出てんだ!」

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