それに適した場所がある

 放送部はファンタジックフェスタのステージに向けてバタバタしている。それは他人事として、俺は自分の番組と向き合うだけの仕事を。主のいない朝霞班のブースで、つばちゃんと一緒に。


「洋平、外出ない? ここ、外がうっさくて集中出来ない」

「学食行く?」

「寿さし屋行こうよ、アタシ牛乳寒天食べたいんだって洋平センパイ」

「夏の新デザートだね~、って。わかったよ、今日だけ。内緒ね」


 星ヶ丘大学の中には、向島エリアを中心に微妙に広域のブロックに展開されているチェーン店の“寿さし屋”が入っている。ラーメンや甘味なんかが安く食べれて美味しいんだよね~。

 ステージに出るわけでもない自分たちがブースにいてもしょうがないと、つばちゃんを引き連れ寿さし屋へ。荒れる班員の憂さを晴らさせてあげるのも、班長代行の立派なお仕事でしょでしょ。


「いただきまーす」

「うんうん、食べて食べて~」


 つばちゃんと俺、2人分の牛乳寒天を手に席を取り、いただきますと手を合わせ。脇に広げるネタ帳やらキューシートやら。格好だけは一応それらしく。

 普段が呼び捨てなのに急にセンパイって呼ばれたら身構えちゃうよネ。まあ、牛乳寒天は――って言うか、寿さし屋はそこまで高いメニューもないから少しくらいなら奢れるけど。でも、さすがに毎回はイヤだよ!?


「あ、朝霞クンだ」

「朝霞サン?」

「メール。定例会からのお知らせだって~。そっか、今日会議だから。会議の現場にいない班長への連絡みたいだね~」

「何て?」

「当日の集合場所と詳細なタイムテーブル。俺と高崎クンで定例会以外の子を集めて現場に行くみたい~」


 ――と、ここで気になる米印。松岡クンからのお願い事だそうだ。


「え~っと、向島2年の遅刻については容赦なく切り捨てて下さい? ありゃ。松岡クン随分思い切った采配でしょでしょ~」

「野坂対策みたいなことでしょ? アイツを待ってたら日が暮れるし」

「うんうん、当日は3年生として忙しいみたい~」


 などと話していると、こちらに近付くオーラがひとつ。隠しても隠しきれない華やかなそれに目をやれば、やっぱり。


「洋平! それにつばめも久し振りッ!」

「水鈴さ~ん! お久し振りです~」

「牛乳寒天美味しいよねッ! アタシもこないだ雄平にごちそうになってさッ」


 目鼻立ちがはっきりとした美人で、声も良く通る。この人は放送部のOBで4年生の岡島水鈴さん。俺の憧れのステージMCだ。今は芸能事務所に所属してテレビやイベントの仕事をしている。プロだって~、すごい。

 星ヶ丘の部活的に言えば幹部寄りでもなく流刑地寄りでもない中立の班に属していた。そもそも水鈴さんという人に班という枠組み自体がまず通用しないんだ。

 俺たち朝霞班のメンバーも水鈴さんにはお世話になっているし、それを幹部も水鈴さんだからしょうがないと諦めていた。圧倒的な実力と部に蔓延る身分制度もお構いなしの人柄。とにかくすごい人だ。


「何やってるの?」

「ファンフェスの番組を詰めてるんです~」

「ああ、インターフェイスの方?」

「ですね~」

「インターフェイスと言えば、奈々が向島のサークルに入ったんだよ。いつか会うかもしれないし、その時はよろしくねッ!」

「奈々ちゃんっていうと、いつも話に出て来る妹さんですね~」

「そうそう、パートはミキサーだって」

「へー、向島でミキサーだったらまずまずの腕にはなるんじゃないです?」

「うん、雄平もそう言ってた」

「はー、ホント水鈴サンてこっしーのこと諦めないねえ、どう見たって脈ナシなのに」

「アタシつばめのそういうトコ好きーッ」


 気が付くと、水鈴さんも牛乳寒天を手に相席していたし、それでうだうだとあれやこれやとお喋りをして楽しい時間を過ごしてしまった。まあ、いいんだけど~。


「あ、そうだ洋平。アタシも仕事でファンフェスのステージに立つんだよ」

「え~っ!? って言うかもっと早く言ってくださいよ~、見に行きますよ~」

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